夫婦別姓-家族と多様性の各国事情

日本では1980年代後半から夫婦別姓の議論が活発化したが、法審議は進まないまま30年あまりが過ぎた。そして今、世界を見渡せば、どの国も別姓の選択肢や原則があり、日本だけが夫婦同姓を法で強制する社会に縛られている。『夫婦別姓-家族と多様性の各国事情』(ちくま新書)では、英国、フランス、ドイツ、ベルギー、米国、中国、韓国に在住歴の長いライターたちが、自分の経験を通して、各国の家族や姓名のあり方を紹介する(ギリシャ・アテネ=有馬めぐむ)

■「目からウロコ」の各国の姓と結婚

選択的夫婦別姓は世論調査では多数派となっているが、いつも反対派の理由は、夫婦が同姓でないと「家族の絆が弱くなる」、「子どもが不幸」というものだ。では世界中の日本以外の国では家族の絆が脆く、子どもたちは不幸なのだろうか。

英国は結婚したら夫婦別姓がデフォルトだが、夫婦同姓、妻と夫の姓を並べる併記姓や連結姓、夫婦両者の姓を合わせて新たな姓をつくる合成姓(メッシング)、全く新しい姓をつくる創作姓など、選択肢に溢れている。英国は姓のみならず名前も自由に変更が可能。ネットで改名手続きが可能で、数分で終了というから驚きだ。

フランスの章では古代ギリシャ・ローマ時代まで遡り、欧州の姓と結婚の歴史を紐解く。女性が子どもを産む道具として扱われ、男性が家父長制を築いた過程が分かる。中世の人口増、大革命などを通して変遷する姓と結婚は、女性の権利奪還の歴史だ。現代では多様な夫婦のあり方が、少子化からの脱却を齎したもの興味深い。

ドイツも長い間、夫婦同姓が義務だったが、いまは別姓、同姓、片方だけが連結姓の選択肢がある。ワークライフバランスも男女平等だ。男女ともに家庭と仕事のバランスがとれるシステムを構築し、女性の置かれている立場を理解することが、選択制夫婦別姓の導入に通じるのではというくだりが印象に残った。

EU本部をはじめ、多くの国際機関があるベルギーは、出生時の姓が一生もので、結婚は姓名に影響しない。外国人比率も高く、それぞれの国や慣習の違いにお互いが慣れていて、家族の姓がバラバラであろうと誰も気にとめない。

自由で進歩的な印象の強い米国でも、建国時より英国からのカヴァチャーの法理やキリスト教の倫理観が女性を抑圧していた。しかし女性たちは粘り強く声を上げ続けた。結婚後の姓について「女性には自由に選択する権利がある」と初めて明言したのは、1975年のテネシー州最高裁判所判決だった。

中国は古くから夫婦別姓が原則。都市部と地方では格差があるが、現代は男女平等思想が根付き、大都市の女性は日本の女性に比べ、仕事や家庭においてずっと解放されているという。しかし伝統的な夫婦別姓の背景には強い父系家族重視や儒教思想があり、女性の家庭内孤立という問題もいまだに一部で存在している。

韓国は絶対的夫婦別姓の国。姓は男系で不変が原則だったが、近年、従来の法制度が次々と改正されているという。古代中国からの儒教思想と帝国日本から移植された家制度が女性を抑圧していたが、2000年代には多様性がトレンドとなっていく。女性が社会変革をリードし、戸籍の廃止と個人登録制度という成果を成し遂げた。

■多様性を認めて、選べる社会へ

私の住むギリシャは、1983年、別姓の選択肢だけでは、女性側に社会的な圧力がかかり、女性が改姓を余儀なくされるとし、婚姻時の改姓を禁じた。いまは併記姓も選択できるが、夫婦別姓が社会に浸透している。

しかし、子どもの姓は父か母の姓を選択できるにもかかわらず、大半の子どもが父の姓を名乗る。この父系出自重視はどの国でも見られる。子どもの姓は公平を規するためにくじ引きなど、世界中で様々な取り決めがある。日本は今までの他国の多様な例からよりよい選択的別姓制度を構築できるとも言える。

どの国でも「姓が違うと家族の絆が弱くなる」「子どもが不幸」という発想は論外で、質問の意図さえ理解されないことが多い。各々の違いを認め、異なる意見や立場の人に思いを馳せて行動し、少数派を受け入れる社会――、それはより多くの人が生きやすいと感じる社会になるのではないだろうか。

◆有馬めぐむ(ありま・めぐむ)
ギリシャ・アテネ在住ジャーナリスト 日本の出版社で記者職を経験。国際会議コーディネートの仕事でギリシャに滞在後、2007年よりアテネ在住。主にギリシャの財政危機問題、難民問題、動物保護、観光政策などの情報を発信している。共著に『動物保護入門~ドイツとギリシャに学ぶ共生の未来』(世界思想社、2018 年)、『「お手本の国」のウソ』(新潮新書、2011年)など。