記事のポイント
- 働き方が多様化するなか、今年はユニークな「入社式」が相次ぎそうだ
- ウェブ制作会社のカヤックは、新入社員が入社当日に「退職届」を読むという
- 日本の従業員エンゲージメントは「世界最低水準」で、企業の工夫が続く
企業の入社式が変わりつつある。多くの企業は新入社員の帰属意識を高める式典や社会人としての自覚を植え付ける節目として開いてきた。だが、日本の従業員エンゲージメントが「世界最低水準」であるなか、できるだけエンゲージメントを高め、長く働いてほしいとの会社の思いが、日本の入社式を変えつつある。(オルタナ編集部)

新入社員が入社式で「退職届」を読む。神奈川県鎌倉市にあるウェブ製作会社のカヤックは2019年からそんな取り組みを始めた。4月3日に開く入社式でもこの取り組みを行う。
入社式では、新入社員が経営陣や先輩社員を前に、自分で考えた「退職届」を読む。書いた内容はあくまで想像だが、退職する年数、その時の肩書、辞める理由などを具体的に書く社員も多い。
同社の三好晃一・人事担当は、退職届を読む意図について、「やりたい仕事を見つけ、長く働いて欲しいからです」と説明する。
「辞めて欲しいからではありません。終わりを意識した方が充実した社会人生活が送れると考えたからです」
何を成し遂げたいか、なぜカヤックに入社したのかを深掘りする機会として、退職届を書いてもらう。全社員に公開することで、自身のやりたいことが社内に共有される。「退職届を出すことで、やりたいポジションに就けることもありますし、まずは仕事が楽しくなります」(三好氏)。
アップル創業者スティーブ・ジョブズは、「今日が人生最後の日なら自分はどうするか」と毎朝自分に問いかけていたという。同社の人事部はジョブズの考え方を参考にして、この取り組みを経営陣に提案した経緯がある。
■日本の従業員エンゲージメントは「世界最低水準」に
経産省がまとめたレポート「未来人材ビジョン(2022年)」によると、日本企業の従業員エンゲージメントが「世界最低水準」にある。従業員エンゲージメント率は世界平均で20%だが、日本はわずか5%だった。トップは米国とカナダの34%、東南アジア(23%)、東ヨーロッパ(21%)と続いた。
近年では社員の「自律性」を高めるために、やりたいことを起点にマネジメントする企業は増えている。就労観の多様化から、社員を会社の「枠」に収めるのではなく、社員のやりたいことの「中」に会社を入れるマネジメント手法が有効だという考えだ。
SOMPOグループは全社員に「マイパーパス」の策定を求める。会社のパーパスを社内に浸透させ、自律的な社員を増やすには「人生の目的(マイパーパス)」を明確にすることが重要だと考えた。
SOMPOは、「マイパーパスと会社のパーパスがかみ合った時に社員のウェルビーイングが高まり、企業価値の向上につながる」という仮説を立てた。カヤックが入社式に「退職届」を書かせることも、マイパーパスとの共通点がありそうだ。
■日立製作所、「入社式」を廃止へ
日立製作所も入社式で社員の自律性を高める取り組みを始めた。2020年度から形式的な入社式を廃止し、「キャリア・キックオフ・セッション」と名付けた催しを開く。このセッションの狙いは、新入社員それぞれに働く意義や目的を「自分で」考えてもらうことだ。
4月3日に開く同セッションでは、小島啓二社長のメッセージに加えて、キャリア開発部署の担当者が同社のキャリア支援体制を説明する。その後、新入社員たちはワークショップを行う。仕事を通じてどのような社会課題を解決したいのか自身の目標を決めてもらい、その目標を共有する。
同社は事業のグローバル化に伴い、新卒一括採用や終身雇用ではなく、ジョブ型の働き方を推進する。
2024年度からの新卒採用の方針として、「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に関する質問を止めた。最終面接では、応募者の強みを引き出すため「プレゼン選考」を新たに導入した。

応募者は、どの職種で、どのようなリソースを用いて社会課題の解決に取り組みたいかについて、その理由と合わせてプレゼンテーションする。応募者の将来志向やキャリア観、強み・行動特性、希望職種とのマッチングの3点を引き出す。
同社では、就職活動時に見出したキャリア観をもとに、自律的なキャリア形成につなげる。
■運動会で「心理的安全性」高める
自律性を高めるには、社員の「心理的安全性」もカギだ。そこで、独自動車部品大手・ボッシュの日本法人は「運動会」を行う。同社の23年の入社式では「運動会ハッカソン」を開く。
運動会ハッカソンでは、5つのチームに分かれて運動会のオリジナル競技を開発する。開発したオリジナル競技のなかから実際に行う競技を投票で決める。
同期や先輩社員と一緒に楽しむことで、その後の仕事の生産性やコミュニケーションの活性化を促すことが狙いだ。
今年のボッシュの新入社員は120人。国籍や年齢も多様だ。入社式は4月3日に開く。運動会を行うことで「心理的安全性が高まり、帰属意識の向上にもつながる」と手ごたえをつかんでいる。