記事のポイント
- ブラジル・ベレンで開催のCOP30は「森林COP」としての成果を示す
- 熱帯林保護基金の創設に加え先住民族への資金配分も明確化した
- 森林の回復が、コストではなく、経済価値につながる時代の幕開けとなる
ブラジル・ベレンで開催中のCOP30(国連気候変動枠組条約第30回締約国会議)の閉幕が近づく。世界では森林火災が頻発しているが、今回のCOPでは、熱帯林保護基金の創設や先住民族・地域コミュニティへの資金配分など、「森林COP」として大きな進展を見せた。森林の回復が、コストではなく、経済価値につながる、「ネイチャーポジティブ経済」の時代の幕開けとなる。(サステナブル経営アドバイザー・足立直樹)

コンブ島は、ベレンを構成する39の島のうち4番目に大きい島。
(写真)Alex Ferro/COP30
いまサステナビリティに関わる方なら誰しも気になるのは、現在進行中のCOP30(国連気候変動枠組条約第30回締約国会議)でしょう(現地時間で11月21日までの予定)。
■1.5℃目標達成は厳しくてもCOP30は失敗ではない
今回は、パリ協定の「野心度サイクル」の中間評価が行われるタイミングにあたりますが、今年提出された各国のNDC(国が決定する温室効果ガス排出量の削減貢献目標)を積み上げても、2035年時点の世界全体の温室効果ガス削減率は約20%にとどまり、科学者(IPCC:気候変動に関する政府間パネル)が必要とする60%減には遠く及びません。
今後すべての国が引き上げたNDCを提出したとしても、1.5℃目標が達成できる可能性はすでに極めて低く、2℃以下に抑えることすら危ういと言われています。すでに世界の平均気温が単年では昨年、1.5℃を超えているのは、みなさんご存じの通りです。
これだけを見ると、今回のCOP30は「失敗」のように見えるかもしれません。しかし、アマゾン河口のベレンで開催されている今回の会議では、気候と自然を本格的に統合する「ネイチャーCOP」あるいは「森林COP」として、重要な進展がいくつも見られます。
■森林を守る国際イニシアチブが、国際ルールの「原型」示す
その背景には、COP27で立ち上がった「森林気候リーダーズ・パートナーシップ(Forest and Climate Leaders’ Partnership: FCLP)」の存在があります。これには日本を含む30カ国以上が参加しており、2030年までに森林破壊を止め、逆転させることを目標としています。
近年、国連条約の「全会一致主義」はどうしても合意形成に時間がかかり、問題の緊急性に対応しきれない場面が増えています。そうした中、FCLPは気候危機に対して本気で行動しようとする良心ある国々が主導し、本来行うべき国際行動を、全会一致を待たずに先行して進めるためのエンジンとして機能しています。
つまり、FCLPは単なる政治ショーではありません。ここで合意された高い基準こそが、遅れてついてくる国際ルールの「原型」となり、ひいては今後のビジネス・スタンダードになっていく。そのように捉えるべき重要なプラットフォームなのです。
■森林はコストではなく価値創出資産に
そのFCLPが主導し、今回いよいよ制度として形を持ち始めたのが、熱帯林保護基金「トロピカル・フォレスト・フォーエバー・ファシリティ(Tropical Forests Forever Facility: TFFF)」です。これは熱帯林の損失を止め、さらに増やす(ネイチャーポジティブを実現する)ための成果連動型ファイナンス・メカニズムです。
目標総額は125億ドル(約1兆9700億円)で、そのうち公的資金(スポンサー資本)25億ドル(約3900億円)に対して民間資金100億ドル(約1兆5700億円)を誘導する1:4の比率の構造を目指しています。
画期的なのは、炭素クレジットのような「削減量」への対価ではなく、「森林を維持している面積」に対して対価が支払われる点です。 保全・再生の実績に応じて各国へ支払いを行うため、「森林を守ること」が国家にとって明確な経済的メリットになる仕組みです。森林がコストではなく、価値創出資産になる。まさにネイチャーポジティブ経済の根幹をつくるものと言えるでしょう。

(写真)Rafa Pereira/COP30
■「熱帯林保護基金」、民間からの拠出にも期待
COP30開催時点で、ノルウェーをはじめとする国々から初期資本の拠出表明がなされています。50カ国以上が設立に「賛同」していますが、日本を含めたいくつかの先進国は、財政事情等から現時点での具体的な「資金拠出」は見送っています。
政府が財布の紐を締める一方で、仕組みだけは作られた。ということは、今後このギャップを埋める役割として、民間資金への期待と圧力がより高まることが予想されます。
■森林モニタリングを支えるインフラも整う
また、今年4月にはFAO(国連食糧農業機関)が「AIM4Forests(エイム・フォー・フォレスト)」というプログラムを発表しています。
これは各国の森林モニタリング能力を劇的に向上させる国際プログラムであり、衛星データ、AI解析、地上検証などを組み合わせて透明性の高い森林情報基盤を整えるものです。
FCLPの「目と耳」として機能し、TFFFの成果連動型支払いの根拠にもなるため、森林経済システムのインフラと言えます。
■自然再生に不可欠な先住民族を、森林経済の中核に据える
加えて、今回のCOPの大きな成果として、先住民族・地域コミュニティへの資金配分が明確化された点が挙げられます。
ブラジル政府から発表されたアマゾン共生イニシアチブ「Coopera+ Amazônia(コーペーラ+アマゾーニア)」などの動きとも連動し、TFFFでは資金の20%を彼らに直接届けることがルール化されました。
先住民族の土地は森林消失率が低いことが複数の国際研究で示されており、彼らが森林経済の中核になることは、自然再生に不可欠なのです。

(写真)Carlos Tavares/COP30
■「単に植えればよい」時代は終わった
これらの動きが示しているのは、森林に対する国際社会の価値観が大きく変わりつつあるということです。
かつて森林は「保護」すべきものであり、しばしばコストとみなされてきました。再生といっても単一種による産業植林が中心で、生態系の質やレジリエンスはほとんど評価されてきませんでした。
しかし今回の潮流は明確です。「単に植えればよい」時代は終わったのです。在来種の回復、多様な生態系の復元、自然のレジリエンスを高める働きこそが、気候と自然の双方にとって最大の価値を生むと、ようやく政治レベルでも認識されたのです。

(写真)Rafa Neddermeyer/COP30 Brasil Amazônia/PR
■自然の回復が、経済価値につながる
これはまさにネイチャーポジティブ経済の核心であり、自然の回復が経済価値につながるフェーズへと世界が移行し始めたことを意味します。
GBF(昆明・モントリオール生物多様性世界枠組)、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)、SBTN(科学的根拠に基づく環境目標ネットワーク)、EUDR(欧州森林破壊防止規則)などが一体となって生態系の質と透明性を求めているのと同じ方向であり、今回のCOP30はその流れを政治レベルで制度化したと言えそうです。
前述のように、日本政府はTFFFの設立には賛同したものの資金拠出は見送っており、森林を価値資産として扱う国際的な制度設計のオーナーシップを取れているとは言えません。しかし、世界は確実に次のステージへ向かっています。
■COP30は、ネイチャーポジティブ経済時代の入り口となった
森林を守ることが経済的に合理的になる。この転換は、企業の投資、サプライチェーン、地域経済に大きく影響を与えるでしょう。ネイチャーポジティブ経済とは、単なる環境政策ではなく、新しい価値創造の経済戦略なのです。今回のCOP30は、その時代の幕開けを告げる重要な合図となったのです。
温室効果ガス(GHG)削減だけに注目すれば、期待通りに進んだとは言えませんし、そのことで、私たちは一時的にかなり厳しい時代を経験することになるでしょう。
しかし、生態系も含めて気候システムを再度安定化させるための道筋がより明確になったことは、問題の本質的な解決方法であり、今後の希望につながる大きな成果だと私は思います。
今回のCOP30は、「限界」の露呈ではなく、「次の時代への入口」を国際社会がようやく共有した会議だった——私はそう捉えています。
※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)528(2025年11月20日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。



