記事のポイント
- 2026年10月には、アルメニアで「生物多様性条約COP17」が開催される
- 多くの企業が、「TNFD開示対応」から「事業変革」へとフェーズを移す節目となる
- 長い時間軸で生物の進化のプロセスを支えるネイチャーポジティブ経営が求められる
2026年10月にはアルメニア・エレバンで生物多様性条約COP17が開催される予定だ。日本企業は世界的に見てもTNFDレポート開示の対応を積極的に進めているが、今年は「開示」から「実装」へとフェーズを移していくことが求められる。将来を見据えた時間軸で、生物の進化のプロセスを支えていくネイチャーポジティブ経営が求められる。(サステナブル経営アドバイザー 足立直樹)

© 足立直樹
■2026年は「生物多様性COP17」開催の年
2026年は2年ぶりに生物多様性条約のCOP(締約国会議)が開催される年です。このCOP17では多くの企業が自社の取り組みを発信するでしょう。
しかし、「TNFDレポートを開示しました」という報告が、会場で強い関心を集めることはおそらくありません。なぜなら、それはあくまで現状分析であり、スタートラインに立ったことを示すに過ぎないからです。
いま問われているのは、その先です。分析結果を、どう経営判断と事業行動につなげるのか。そこにこそ注目が集まっています。
■ガラパゴス諸島で生物は進化を加速した
話は変わりますが、私は年末年始のお休み期間を利用して、長年の憧れであったガラパゴス諸島を訪れました。
ガラパゴスと言えば、日本では「ガラパゴス化」という言葉がよく使われます。小さな市場の中で独自仕様に最適化し過ぎ、世界から取り残されてしまう。その過度の適応の象徴として、ガラパゴスという言葉が使われてきました。
しかし、実際のガラパゴスは、それとはまったく違う姿を見せてくれました。そこは「取り残された場所」ではなく、地理的な隔離によって進化が極端に加速した場所です。競争相手の少ない環境の中で、生物たちは驚くほど多様な形へと分化してきたのです。ここでの観察をもとにチャールズ・ダーウィンが進化論を構想したことはよく知られています。

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ガラパゴスの象徴的存在といえば巨大なゾウガメです。そもそも「ガラパゴ」は、スペイン語でゾウガメを意味します。ゾウガメたちも島ごとの環境の違いに適応し、甲羅の形や首の長さが異なる複数の系統へと分化しました。しかし、そのうちのいくつかはすでに絶滅しています。
問題は、その理由です。彼らが絶滅したのは、「ガラパゴス化」したからではありません。環境への過適応が失敗だったのではないのです。原因は一貫して人間、大量捕獲と外来種の持ち込みでした。
大航海時代、船乗りたちはゾウガメを「生きた保存食」として船に積み込みました。ゾウガメは、ひっくり返してしまうと自力で起き上がることはできず、逃げません。水も餌もほとんど必要とせず、長期間生き延びるため、食料として数千匹単位で島から連れ去られたのです。
何万年もかけて積み上げられた進化の成果は、人間の活動によって、わずか数十年で失われたのです。
生態系は脆弱だったのではありません。人間の活動のスピードと規模が、あまりにも大きすぎたのです。
現在では生物の捕獲は厳しく制限され、さまざまな保護策も講じられています。その結果、この地域固有の野生生物は一定の安定を取り戻しています。しかし、すでに絶滅した種が復活することはありません。ガラパゴスもまた、決して「手つかずの自然」ではないのです。
■生物の進化のプロセスが動き続けるスラウェシ島
ガラパゴスから帰国後、今年最初に登壇したセミナーは、インドネシアのスラウェシ島の保全をテーマとしたものでした。
この島も「進化の島」として知られていますが、ガラパゴスとは性質が大きく異なります。スラウェシは東南アジアとオーストラリアの生物相が交錯する境界に位置し、分岐と交雑が同時進行する場所です。いまこの瞬間も、進化のプロセスが動き続けているのです。
ガラパゴスが過去の「進化の結果」を見る場所だとすれば、スラウェシは現在進行形の「進化が起きている現場」です。
しかし、この重要な地域が、日本向けバイオ燃料原料の採取などで強い開発圧力にさらされています。日本企業のサプライチェーンが、現存する固有種だけでなく、「これから生まれるはずの未来の多様性」にも影響を与えているのです。このことに、私たちはもっと自覚的である必要があります。
■進化のプロセスを支える経営へ
そしてこれは、ネイチャーポジティブを考えるうえで極めて重要な示唆です。
これまでの自然への対応は、「今そこにある生態系をどう守るか」という「状態の保全」に重点が置かれてきました。しかし、これから必要なのは、「自然が回復し、再生し、多様性が生まれ続ける条件」をどう支えるかという「プロセスへの関与」です。
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)も、その入口に立つための共通言語です。LEAPプロセス*によって依存と影響を可視化すること自体は重要ですが、それがゴールではありません。本来の目的は、その分析結果をもとに、どの地域で再生投資を行うのか、どのサプライチェーンを優先的に転換するのかといった戦略判断につなげることにあります。
*LEAPプロセス:TNFDが推奨する企業の自然関連の課題を特定・評価・管理するための手法。Locate(発見)、Evaluate(診断)、Assess(評価)、Prepare(準備)の4つのステップを踏む。
今秋開催されるCOP17は、ネイチャーポジティブを「宣言」から「実装」へ移す節目になります。そしてその際に重要なのは、「現在」だけでなく「将来への影響」という時間軸を持つことです。
■企業に求められる3つの転換
進化の結果を眺める立場から、進化のプロセスを支える経営へ。それを企業活動に落とし込むためには、少なくとも次の3つの転換が必要になります。
まず、「開示で終わらせない」ことです。TNFDのLEAPプロセスはゴールではありません。分析結果をもとに、どの地域で自然再生に関わるのか、どの事業や調達構造を優先的に転換するのかを、経営アジェンダとして具体化する必要があります。リスクの高い場所を避けるだけでなく、回復可能性の高い地域に戦略的に投資するという発想が求められます。
次に、「短期的なKPI」から「自然の回復時間軸」と視点を広げることです。生態系は四半期単位では回復しません。悪影響の結果が出るのも、かなり先かもしれません。少なくとも5年、10年というスパンでの変化を前提とした目標設定と投資判断を行うことが、結果的にサプライチェーンの安定性と企業価値の下支えにつながります。
そして3つ目は、「自社完結」をやめることです。自然再生は1社では実現できません。地域、行政、NGO、他企業と連携し、協働領域を意図的に設計することが不可欠です。スラウェシ型の「進化が起き続ける条件」の維持は、単独の企業活動からは生まれないでしょう。
つまり、これらは社会貢献活動の延長ではなく、経営戦略そのものです。自然は単なるリスク要因ではありません。適切に関与すれば、レジリエンスと長期競争力を生み出す経営資産になります。
今年は、多くの企業にとって「開示対応の年」から「事業変革の年」へとフェーズを移す節目です。
進化の結果を報告する企業から、進化のプロセスをつくる企業へ。その立ち位置の転換こそが、2026年に求められている実践です。時間軸という新たな視点を持って、より長期的な計画と戦略を磨いていただきたいと思います。
※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)531(2026年1月19日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。



