トランプ政権「温室効果ガスは有害」撤回の衝撃(前編)

記事のポイント


  1. 米環境保護庁は温室効果ガスは有害とする「危険性認定」の撤回を公表した
  2. 撤回は、州や国際的な気候変動対策、企業や個人まで長期に影響を及ぼす
  3. 州や環境団体からの訴訟は避けられず、連邦最高裁まで持ち込まれる見込みだ

米環境保護庁(EPA)が、2009年に決定した温室効果ガス(GHG)の危険性認定と自動車向けGHG排出基準を撤回する最終規則を公表した。「温室効果ガスは有害」だとする危険性認定の撤回は、州独自の規制に混乱を招くほか、国際的な気候変動対策の流れ、さらには企業や個人などあらゆるレベルにまで長期にわたって影響を及ぼしそうだ。州や環境団体はすでに訴訟を起こす準備を進めており、国家レベルの重大な問題であることから、連邦最高裁まで争いが持ち込まれる見込みだ。(米テキサス州・宮島謙二)

米トランプ政権による温室効果ガスの「危険性認定」の撤回は、州や国際的な気候変動対策、企業や個人まで長期に影響を及ぼす

米EPAは2月12日、2009年のGHGの「危険性認定」と、自動車向けGHG排出基準を一括して撤回する最終規則を公表した。

今回の決定は、オバマ政権以降の米連邦レベルにおける気候変動対策の法的基盤を直接切り崩すものであり、カリフォルニアを始めとする州環境団体から強い反発と訴訟の予告が相次いでいる。

■GHGの「危険性認定」とは何か

そもそも「危険性認定」とは何かを説明しよう。

米連邦最高裁は2007年、「二酸化炭素などのGHGは大気浄化法上の大気汚染物質に該当しうるため、EPAは科学的知見に基づいて、健康と福祉への危険性を判断しなければならない」と判決を下した。

これは、「マサチューセッツ州対EPA」と呼ばれる裁判での判決だ。マサチューセッツ州を含む複数の州が、EPAがGHGを規制しないのは大気浄化法違反だとして提訴していた。

この判決を受けて、EPAが2009年に発表したのが「危険性認定」だ。つまり、GHGは人々の健康と福祉を危険にさらすと正式に認定した。

この「危険性認定」は、自動車や発電所、石油・ガス、産業部門などでGHGを規制する際の法的根拠となってきた。新車のCO2排出基準や発電所のCO2規制、石油・ガス部門のメタン規制など、EPAはこの「危険性認定」に基づいて規制を策定してきたのだ。

■EPAは何を根拠に「危険性認定」を撤回したのか

EPAが公開した最終規則の特徴は、「大気浄化法202条」が定める法的権限の再解釈に争点を絞った点にある。

大気浄化法202条は、「公衆衛生または福祉を危険にさらすと合理的に予測される大気汚染を引き起こす、または助長すると判断した、あらゆるクラスの新型自動車または新型自動車エンジンからの大気汚染物質の排出に適用される基準を定めなければならない」と規定する。

EPAは、2009年の危険性認定がなければ、大気浄化法202条に基づいてGHG排出基準を定める法的権限が生じないと位置づけ、今回の最終規則で前提となる危険性認定自体を撤回した。

■「気候変動はデマ」の主張は不利と判断か

当初は、EPAが、エネルギー省(DOE)の気候作業部会(CWG)が2025年7月に作成した「温室効果ガス排出が米国の気候に与える影響に関する批評的評価」と題する報告書を撤回の根拠にするとみられていた。

この報告書は、「GHG排出の気候への影響や被害の評価は誇張されている」と主張し、米国単独のGHG削減が世界の気候に与える影響は小さく、温暖化に伴う経済的損失は限定的だとする内容だ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や国家気候評価(NCA)と大きく異なる見解を示したため、多数の気候科学者やメディアから科学的誤りや手続きの問題を指摘された

ご参考:「GHGは危険でない」:米エネ省報告書をねじ曲げたトランプ政権

しかし、最終規則では、脚注などでCWGの報告書に依拠しないことを明示し、科学的な再評価ではなく、法的解釈に根拠を絞ったと説明している。

気候変動はデマだとの主張を繰り返してきたトランプ政権だが、今回の撤回の根拠で、科学に踏み込まないのは、科学的論争に持ち込めば訴訟が不利になる可能性が高いとの計算が働いているとみることもできる。

気候科学の再検討を撤回の根拠とするのではなく、「GHGは公衆衛生と福祉にとって危険か否か」から、「大気浄化法の下でEPAにGHGを規制する法的権限があるか」へと争点が移された形だ。

■EPAが掲げた法解釈

EPAが掲げた法解釈は三点に整理できる。

第一に、202条の大気汚染は本来、地域的・局所的な曝露により健康や福祉へ直接影響を与える汚染を想定しており、地球規模のGHG排出は条文の範囲外と再定義している、という解釈。

第二に、「危険性認定と基準設定は不可分であり、規制できない対象について危険性のみを認定することは、条文の構造上許されない」との解釈。

第三に、法律が曖昧な場合には政府機関(行政)の解釈を尊重するとした「シェブロン法理」を連邦最高裁が2024年に無効化したことによって、条文の曖昧さを理由に広範な裁量を行政に委ねる時代は終わった、という近年の司法の潮流を踏襲するものだ。

この三点を組み合わせ、EPAは、2009年の危険性認定は法的権限を超えていたと結論づけた。

後編では、GHGの危険性認定が、州や世界の気候変動対策、企業や個人に与える影響を考察するとともに、訴訟の行方や、気候危機の回避や気候正義の観点から一縷の望みを託せるとすれば、といった見通しを紹介します。

KENJIMIYAJIMA

宮島 謙二

テキサスA&M大学で気候変動を中心に学士(環境学)と修士(地球科学)を取得。気候変動に関する日本語の情報が少なかったため、英語で発信される情報を日本語で伝える『気候変動の向こう側』のブログとTwitterの運営を始める。フリーライター。テキサス州ダラス在住。

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キーワード: #気候変動

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