21世紀の日本は、すでに「沈黙の春」の世界

石井 吉徳
東大名誉教授/もったいない学会名誉会長/元国立環境研究所長(第9代)
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そして石油は減耗する

現代は石油文明である、常温で流体の石油があるから車社会がある。それは現代の大量生産社会の象徴、石油がそれを可能としたのである。つまり石油は「社会の生血」なの。

だが、もう大油田が発見されない、中東は地球の特別の場所なのである、第二の中東はやはり発見されなかった。市場原理も技術の進歩も、地球の限界にも勝てなかった。シェールオイルは結局、あだ花であった。資源としての質が低すぎる、それがようやく分かってきた。いずれ述べるが、メタンハイドレートも無かった、膨大な国費を浪費したが技術の問題でなかった。

このようにして、人類は自然の遺産を浪費して発展を維持してきたが、これからはグローバリゼーションの逆、集中から分散、地産地消の時代がくるのであろう。昔は、日本にも陸上に油田があった。その例が下図、秋田の八橋油田、それは秋田市の郊外に。

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昭和30 年代の八橋油田に、私は新入社員として配属された、帝国石油(現・国際資源帝石)である。その油田の現場作業員として、それこそ泥まみれで働いた。高さ40m以上もある櫓にも上った。

その探掘井で試油をする。 油をタンクに噴出させるのだが、地下から猛烈な圧力で石油が自噴する、それは櫓が揺れるほどだった。大学で地球物理学を学んだ私、背筋が震えるほど感動したものである。

地球のポテンシャル、自然の凄さに驚いたが、資源というのは素晴らしいと思った。以来、私は自然の恵みが人類にとって如何に重要か思い知った。資源は「質」が全てであると自然から教わった。だが、しかしこの八橋油田はもう無い、記念碑のようなポンプがあるだけだ。

その後16 年間、石油開発の仕事に従事、インドネシア、中東にも出かけた。今の日本でこのような現場経験を持つ石油技術者は少ない、それが問題なのだ。

日本の歴史を簡単に述べておく。江戸時代には佐渡金鉱山などがあった、それは絵巻にもある。日本は黄金の国、ジパングだった。金以外にも石炭、銅鉛亜鉛山なども方々にあった。日本は資源は乏しくなかった。それが次々と閉山され、今では資源の大輸入国となった。

ここで重要なこと、資源は有限だ使えば無くなる、ということ、それを私は実体験したのである。この資源の減耗、質の低下が世界中で起きている。

ある時、東大工学部助教授に招聘された。そして地球の資源、エネルギーの研究教育が仕事となった。22 年間務め60 才で定年退官、今度は環境庁の国立環境研究所の副所長に。資源から環境問題へと変身、地球温暖化・京都会議に参加、環境問題の複雑な国際力学の実態を見た。

そして65 才、定年退官。その後、招かれて富山国際大学の教授に。 立山連峰を眺める日々だった。そして日本の環境問題の本質をまなぶ。

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石井 吉徳
東大名誉教授/もったいない学会名誉会長/元国立環境研究所長(第9代)
東京大学理学部物理学科・地球物理学卒。東京大学名誉教授であり、「もったいない学会」名誉会長。元国立環境研究所長でもある。専門は地球学、エネルギーと資源の科学など。単著書には『石油最終争奪戦ー世界を震撼させる「ピークオイル」の真実』(2006)、『石油ピークが来た―崩壊を回避する「日本のプランB』(2007)、『石油ピークで食糧危機が訪れる』(2009=いずれも日刊工業新聞社)がある。

2016年6月22日(水)13:06

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