なぜ、情報革命が生命論的世界観をもたらすのか――田坂広志 オルタナティブ文明論 第3回

田坂広志(多摩大学大学院教授、シンクタンク・ソフィアバンク代表、社会起業家フォーラム代表)

 

第2回においては、現代科学そのものが、生命論的な世界観へと回帰していくと述べた。

それを象徴するのが、「複雑系の科学」(complexity science)である。

しかし、生命論的な世界観への回帰を促すのは、現代科学だけではない。実は、最先端技術もまた、社会の価値観を生命論的なパラダイムへと転換していく。

では、その最先端技術とは、何か。

「インターネット」である。

一九九〇年代の半ばに起こったインターネット革命は、二〇〇〇年代の半ばには、ウェブ2・0革命へと進化を遂げたが、この革命は、企業や市場や社会において、人と人との結びつきや組織と組織の関係を広げ、深めていくため、それら内部の相互連関性を高め、「複雑系」としての性質を強めていく。その結果、企業や市場や社会は、自己組織化、創発、進化、相互進化(共進化)、生態系の形成など、「生命的なシステム」としての性質を強めていく。

そして、何よりも、インターネットそのものが、人類が生み出した「最大の複雑系」であり、それ自身が、極めて高度な「生命的システム」になっていく。

すなわち、文化人類学者ベイトソンの遺した言葉、「複雑なものには、生命が宿る」の通り、ネット革命やウェブ革命は、企業や市場や社会の複雑性を高め、その生命的な挙動を強めていくのである。

では、その結果、我々は、いかなる問題に直面し、何が求められるようになるのか。

複雑系の「七つの問題」に直面し、「七つの知」が求められるようになる。

第一に、論理と分析だけではシステムを理解できない「分析不能性」に直面するため、直観や洞察によって、全体の本質を把握する「全体性の知」が求められる。

第二に、人為的にシステムの設計や管理ができない「管理不能性」に直面するため、管理ではなく、システムの自己組織化や創発を促す「創発性の知」が求められる。

第三に、システムが情報に対して極めて敏感になる「情報敏感性」に直面するため、単なる情報共有ではなく、人々の共感を生み出し、システムに情報共鳴を起こす「共鳴場の知」が求められる。

第四に、システムの片隅の微小なゆらぎが、システム全体に巨大な変動を起こす「摂動敏感性」に直面するため、組織の総合力ではなく、個人の共鳴力によって社会を変える「共鳴力の知」が求められる。

第五に、システムの一部分だけの問題解決ができない「分割不能性」に直面するため、部分解決ではなく、システム全体の相互進化を通じて全体治癒を図る「共進化の知」が求められる。

第六に、システムを支配する法則が短期間に変わる「法則無効性」に直面するため、社会における新たなルールを主体的に生み出していく「超進化の知」が求められる。

第七に、システムの未来が予測できない「予測不能性」に直面するため、未来を受動的に予測するのではなく、未来を能動的に創造するべく、ただ一回限りの現在を生きる「一回性の知」が求められる。

これらが、最先端の情報革命が生み出す「複雑系社会」において求められる「七つの知」であるが、不思議なことに、これらの智恵は、古くから東洋思想が語ってきた「直観」「自然」「言霊」「一隅を照らす」「自他一体」「随所に主となれ」「いまを生き切る」といった思想と、相通じている。

それは、なぜか。

その問いを抱きつつ、話を進めていこう。

*本記事は、2008年8月発行のオルタナ9号から転載しています。

プロフィール:
たさか・ひろし 74年、東京大学卒業。81年、同大学院修了。工学博士。87年、米国バテル記念研究所客員研究員。90年、日本総合研究所の設立に参画。取締役を務める。00年、多摩大学大学院教授に就任。同年シンクタンク・ソフィアバンク(www.sophiabank.co.jp)を設立。代表に就任。複雑系の七つの問題と七つの知について詳しく知りたい方は、著者の『複雑系の経営』(東洋経済新報社)を。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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