■ もともとあったエネルギー資源に目を向ける

この小水力発電所は、1917年(大正6年)に辻村さんの祖父の常助氏が建造し、自らが所有する製材所や自宅などの電力として使用、紡績工場への売電も行っていた。当時の出力は117キロワットで、送電網が久野の山林まで整備された1948年まで稼働していたが、その後は山林の中に放置されていた。この日整備した場所にあったはずのタービン発電機も戦後の混乱で盗難にあっている。

6月8日に実施された前回の作業できれいになった調整池周辺の水路

しかし100年前に作られた石組みは、周辺の水路や調整池に至るまで堅牢なまましっかりと残る。「ここを整備して、もう一度光を当てたい」と考えた辻村さんは言う。

「作業の目的は2つ。一つは文化財的に、郷土にこういうものがあったんだという価値を残したいということ。もう一つは、今の技術を使えばもっと良い発電ができるかもしれないという期待もあります。これを活用できれば、地方にもともとあったエネルギー資源に目を向けてもらうきっかけになるのではないでしょうか」

発電所跡地の水利権は辻村さんの所有だが、上流では当時より水量が減っているため、まずはどの程度発電できるか調査を行う予定になっている。また、発電所として使えない場合でも、地域の史跡として保存したいと考えているという。

集まったボランティアに向けて挨拶をする辻村百樹さん

小田原に限らず、かつて日本の山村では盛んに小水力発電によるエネルギー自給が行われていた。明治、大正時代などの最盛期には、住民が自ら設置した発電設備が全国各地に多数あった。今では山のエネルギー源に目が向けられることはなくなってしまったが、こうした先人の取り組みから学ぶことは多いはずだ。

 

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