カモメの鳴き声と停泊しているヨットに打ち寄せる波の砕ける音が今も耳に残っています。そこからサティの楽曲の何かしらの要素や記憶の断片を掬い取るほどのイマジネーションはありませんでしたが、カフェに入って、シードルを飲みながら、酔いに任せてジムノぺディを口ずさんでみるのは気持ちの良いものでした。

ノルマンディの港町オンフルールからパリ、モンマルトルに出てきて、カフェコンセールの「シャノワール」でピアノを弾きはじめるサティの周りには、当時のアーティストたちが集まり始めます。
サティ展ではロートレックの大きなポスターを眺めながら、ジムノぺディに包まれるという演出がなされています。これこそ鑑賞者が味わいたかった当時のパリの空気感ではないでしょうか。会場にあるスピーカーの特徴の一つは音楽が生まれた瞬間のその空間の空気感をも伝えてくれることです。

その空気に包まれて、音を心と身体で感じることができるので、いままでとは違った体験になるのです。美術館では鑑賞者がゆっくりと動いています。行きつ戻りつしながら、作品を見ているので、スピーカーで音を流すにしても、対象となるリスニングポジションを想定できません。そのような環境にある美術館でもこのスピーカーは見事にその時代の空気感を構成しています。
企画で意図したその時代の空気感の中での「鑑賞者たちの新しい体験」を実現していると思います。サティが生きたその時代の空気感とともに、作品に向かい合うときの穏やかな環境も体感してみてください。