alternative eyes: 利他的な存在こそ生き残る

alternative eyes(54)

このコラムを書いていた2025年6月初旬、トランプ米国大統領とイーロン・マスク氏が決裂したというニュースが飛び込んできました。マスク氏による大統領選トランプ陣営への巨額寄付、今年1 月の大統領就任と同時にマスク氏が政府効率化省(DOGE)の長官に就任するなど、蜜月ぶりが際立っていただけに、世界を驚かせました。

決裂の背景には、トランプ大統領の減税法案に対するマスク氏の批判、マスク氏がDOGEのトップとしてトランプ政権の主要閣僚としばしば衝突したこと、そもそもマスク氏が率いる「テスラ」のEV戦略と、トランプ氏の化石燃料推進政策が合わなかったことなどが挙げられました。

もともとトランプ大統領が「反ESG」を掲げたのは、ESG投資がアメリカの製造業やエネルギー産業を制約し、経済成長を阻害すると考えたためとされます。

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これに加えて、共和党最右派を形成するキリスト教福音派(エバンジェリカル)による伝統的・家父長的な家族の価値観、移民への反対、LGBTQなどジェンダーマイノリティの否定などの動きにつながり、大統領選でのトランプ圧勝を後押ししました。これが「反DEI」(多様性・公正性・包摂性の否定)です。

これにイーロン・マスク氏が乗りました。そしてマスク氏もトランプ大統領も、名うてのリバタリアン(自由至上主義者)です。個人の自由と自律を最重視する思想や主義を指し、政府の介入を最小限に抑え、個人の選択を尊重する立場です。

リバタリアニズムは、規制緩和や自由競争を是とします。いわば企業や個人の「利己的な」行動が経済や社会を強くするという思想です。しかし、結果として、こうした自由至上主義が発展途上国だけではなく、先進国においても多くの貧困や所得格差を生み出したのも事実です。

生物学者の福岡伸一さんは「生命進化の歴史は利他的な助け合い」「生物は本来、利己的ではなく利他的です。それは、すべての生物が同じ起源を持っているからです」と述べました(2025年2月18 日、朝日新聞GLOBE +)。

それは企業も同じだと考えます。二宮尊徳の「たらいの水」、住友家の家訓「自利利他公私一如」など、日本にも古くから伝わる利他的な行動は、その商いや企業を強くしてきました。

2024年の大統領選共和党候補に名乗りを挙げた(のちに撤退)ロン・デサンティス・フロリダ州知事は2023年5月、「反ESG州法」を成立させるなど、トランプ氏以上の「反ESG」「反DEI」主義者です。そのデサンティス氏は2022年1月、いわゆる「ゲイと言うな(Don’t Say Gay)」州法を可決させました。小学校で8歳以下の児童にLGBTQなど性的少数者のことを教えることを禁じる内容です(本誌73 号第1 特集参照)。

これに猛然と反対したのがフロリダ州にディズニーワールドを持つ、ウォルト・ディズニー・カンパニーでした。この争いは後に訴訟になりましたが、なぜディズニー社はフロリダ州法にそこまで反対したのでしょうか。

その原動力は、ディズニーの従業員たちだったようです。州法の可決直後から反対の旗色を鮮明にし、一部ではストライキも起きました。すべての従業員や顧客に平等に接し、多様性を実現することこそが、従業員の心理的安全性を支え、企業競争力を高めることは、多くの経営者も賛同しています。

話をトランプ氏とマスク氏に戻します。この二人は「利己的」な人間は行き詰ることを図らずも証明しました。今回の決裂を見るにつけ、改めて新訳聖書の「山上の垂訓」を思い起こします。「自分がされたいように人にせよ」(マタイ福音書)。

森 摂(オルタナ代表取締役)

森 摂(オルタナ代表取締役)

株式会社オルタナ 代表取締役。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。編集局流通経済部などを経て 1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在も代表取締役。前オルタナ編集長(2006-2025)。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授。武蔵野大学サステナビリティ研究所主任研究員。一般社団法人サステナ経営協会代表理事。日本自動車会議「クルマ・社会・パートナーシップ大賞」選考委員。公益財団法人小林製薬青い鳥財団理事

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