記事のポイント
- トランプ大統領が二期目の就任以来、世界を驚かせる発言を連発している
- パナマ運河の領有のほか、カナダやメキシコへの関税も打ち出した
- 一連の言動は、「新自由主義」すら壊しかねない危うさを秘めている
トランプ大統領が二期目の就任(2025年1月20日)以来、世界を驚かせる発言を続けている。グリーンランドやパナマ運河の領有、カナダ・メキシコ・中国などへの高関税施策、さらにはジェンダーマイノリティや出生地主義の否定まで始めた。一連の言動は、これまで議論が多かった新自由主義の是非を問うどころか、その新自由主義すら壊しかねない過激さを秘めている。(オルタナ編集長=森 摂)

いまから四半世紀ほど前、新聞社のロサンゼルス駐在だった筆者は、足しげくメキシコ国境に通っていた。ロサンゼルスから海沿いのフリーウェイ「5」を東南に下って約3時間くらいか。国境を越えると、ティファナ市に入る。
■米国は時給8ドル、メキシコは日給8ドル
そこは「マキラドーラ」と呼ぶ保税輸出加工区だ。1994年に北米自由貿易協定が締結されて以降、ティファナには日本のテレビメーカーほぼ全社が工場を建て、北米向けの輸出拠点としていた。ちなみにトヨタや日産などの自動車メーカーは同じメキシコでももっと内陸部に工場をつくった。
「ライバルは、マキラドーラ内の日本メーカーではなくて、インドネシアなどの自社工場です」。三洋電機現地法人の社長(当時)はこう説明してくれた。インドネシアに負けたら、メキシコの工場は閉じなければならないという。その言葉から、グローバル競争の熾烈さが垣間見えた。
当時、米カリフォルニア州の最低賃金は時給8ドル。メキシコ側は日給8ドル。つまり8倍の格差があった。私は、「新自由主義」の功罪を測りかねていた。新自由主義は新たな貧富格差を生み出す一方で、ティファナの賑わいは、大きな雇用を生んでいたのも事実だと思った。
■「メキシコが一番良かったのは1950~60年ごろだよ」
一方で、ティファナの治安は悪かった。メキシコは首都メキシコシティやティファナ、フアレスなど、人口が多い都市の治安は悪い。逆に本当の田舎に行くとのんびりしていた。経済の繁栄と麻薬カルテルなどの犯罪。まさに新自由主義の「光と影」を感じた。
現地で拾ったタクシーの運転手がこう話してくれた。「メキシコで一番良かった時代? それは1950~60年ごろだよ」。「そんなに豊かでもなかったが、犯罪も少なくて、皆が幸せそうだった」。
これは「古き良きアメリカ」の時代に通じる。シカゴ大学のノーベル経済学者、ミルトン・フリードマンが1970年代に新自由主義を掲げる少し前のことだ。富の分配が進み、豊かな中産階級が育まれた。日本もそうだった。
■新自由主義で民営化と規制緩和が始まった
フリードマンは国有企業の民営化と規制緩和、そして法人減税を旗印にした。それがレーガン政権(1981~1989)、英サッチャー政権(1979~1990)、それを日本の中曽根行革が受け継ぎ、日本でも国鉄や専売公社(現日本たばこ産業)など「三公社五現業」が続々と民営化された。郵政民営化(2007)より10年ほど前のことだ。
その新自由主義は、「資本収益率(r)が常に経済成長率(g)を上回る仕組み」(トマ・ピケティ著『21世紀の資本』)だ。経済成長率は、勤労所得と読み替えても良い。つまり、汗水流して働くよりも、投資収益の方が大きくなる仕組みだ。
日本でも終身雇用や年功序列制度が崩れ始め、さらには多くの企業が正規雇用を減らし、代わりに派遣社員など非正規雇用が増えた。これが「就職氷河期」の始まりだ。ここに、新自由主義による中流層の崩壊と貧富格差の起点があると見る向きが多い。
1980年代以降、フリードマンの新自由主義とともに、経済のグローバル化が進んだ。前述のNAFTA(北米自由貿易協定)成立2年前の1992年にはマーストリヒト条約によってEU(欧州連合)が誕生し、1999年には単一通貨「ユーロ」への通貨統合があった。
■メキシコは最もFTAを推進していた国の一つ
実はメキシコは当時、世界で最も自由貿易協定を推進していた国の一つだった。NAFTAだけでなく、30か国以上とバイラテラル(二国間)の自由貿易協定(FTA)を続々と結んでいた。
さて、その新自由主義や経済のグローバル化とともに、環境や人権などさまざまな問題が露呈した。
地球温暖化は1960年代の真鍋叔郎博士の研究に端を発し、1992年のリオ地球サミットで気候変動枠組条約が締結され、国連やIPCC主導で温暖化対策をすることになり、2015年のパリ協定に引き継がれた。
人権問題では、1980年代ごろからパーム油の生産で児童労働が顕在化し、1997年にはナイキの縫製委託工場による児童労働が発覚した。このためナイキに対する不買運動が世界で続発し、同社が失った売上高は5年間で1.3兆円以上、連結売上高の26%に相当に達したとされる。
■国連責任投資原則で初めてESGに言及
その後の2006年にはPRI(国連責任投資原則)が生まれ、初めて「ESG」(環境・人権・ガバナンス)という概念を盛り込んだ。2011年には、国連人権理事会が「ビジネスと人権に関する指導原則」を採択した。いずれも、コフィ・アナン国連事務総長の主導によるものだ。
このように、功罪半ばの「新自由主義」時代にも、多くの国際枠組みが成立し、上場企業はESGやサステナビリティを経営に取り込むことが必須になった。DEI(多様性・公正性・包摂性)という言葉は、この数年、米国のみならず世界にあっという間に広がった。
そのDEIを、トランプ側近のイーロン・マスク・スペース社CEOは心から憎んでいるという。家族がトランスジェンダーになったのも、LGBTQなど性的マイノリティを認める「Woke(意識高い)思考」が背景だと思い込んだからだ。
■「米国には男性と女性しかいない」
マスク氏とともに「政府効率化省(DOGE)」を率いる実業家のビベック・ラマスワミ氏は、反DEIの旗手だ。
そしてトランプ大統領は、性的マイノリティを認めず、米国社会には男性と女性の2つのジェンダーしか無いと言い切った。米国・メキシコの国境には軍隊を送り、当面、外国人の入境はできなくなった。
こうした数々の大統領令を見る限り、トランプ政権は、思想的には超保守で、経済的には「リバタリアン」の様相が濃い。
■「リバタリアニズム」で経営者の自由を強調
リバタリアニズムは新自由主義と似ているが、他者の身体や正当に所有された物質的、私的財産を侵害しない限り、各人が望む全ての行動は基本的に自由であると主張する。なかんづく、「経営者の自由」を強調する。
今後、米国の貧富格差はさらに広がるだろう。高関税政策は、巷間言われている通り、米国内の物価を押し上げ、生活困窮者を苦しめる。インフレを抑えるために金利も上がり、それがドル高に反映して、米国からの輸出の足かせになる。
米国も、少なくともNAFTAの恩恵は享受していた。メキシコ産の低価格の自動車や家電が大量に入り、物価を押し下げた。
一方で、かつての栄華を誇った自動車ビッグスリーのうち、クライスラーは今やオランダ資本だ。USスチールは日鉄の買収のずっと前から業績不振に苦しんでいた。
■新自由主義に負の側面もあるが、ルールはあった
新自由主義の象徴であるNAFTAは米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に名前を変え、これからは関税免除どころか、高関税の可能性すらある。リバタリアン的な政策はこれから新自由主義を壊していくのだろうか。
一方で、第二次トランプ政権は、性的マイノリティ問題や人権など、個人の尊厳に関わる課題を、一方的に封印しようとしている。
新自由主義の負の側面も無視できないが、最低限、そこにはルールがあった。トランプ大統領は、そのルールも破壊しようとしている。