命の循環を取り戻す「リジェネレーション」時代に突入する

記事のポイント


  1. 「1.5℃目標」やサステナビリティ課題の解決は今、難しい壁に直面している
  2. 諦めるのではなく、発想を転換して「変革のチャンス」と捉えることが重要だ
  3. ネイチャーポジティブなど、再び命の循環を取り戻す「再生」の時代の入り口にある

気候危機やサステナビリティ課題の解決は今、難しい壁に直面している。パリ協定で掲げた「1.5℃目標」を諦めるのではなく、柔軟に発想を転換し、「変革のチャンス」と捉えることが重要だ。自然を増やすネイチャーポジティブを目指すなど、今後数年は、再び命の循環を取り戻す「再生」の時代への分岐点となる。(サステナブル経営アドバイザー・足立直樹)

ネイチャーポジティブなど「再生」の重要性が高まる

■直近5年間が、過去30年で最も暑い5年間に

京都では、祇園祭の山鉾巡行が前祭・後祭ともに無事に終わりました。しかし、前祭は大雨の中、後祭は38度を超える炎天下の中の開催です。関係者の方々、そして見物の皆さんも、本当にお疲れさまでした。

1000年を超える伝統を受け継ぐお祭りとはいえ、こんな気候が続くようでは、近い将来、開催時期の見直しが必要になるのではないか。そんなことをふと考えてしまいました。

ところが、信じがたいことに、今年2025年の暑さは、実は昨年2024年よりは少し「マシ」なのだそうです。

欧州の地球観測プログラム「コペルニクス」によると、2024年は観測史上最も暑い年でした。一方、今年2025年の上半期は、1月が産業革命前に比べて「+1.75℃」という歴史的高温を記録したものの、3月までは前年と並ぶ水準で、5月、6月は過去2番目の暑さとなっています。

つまり「去年よりはマシ」と言っても、2023年の記録は超え、ほぼ過去最高レベルの気温が続いているということです。また過去30年で最も暑い5年間は、すべてこの直近5年間(2020~2024)に集中しているとも言われています。

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■「1.5℃目標」の達成を悲観視する声も

このような気温上昇の傾向を受けて、WMO(世界気象機関)は、「2025年から2029年の間に、平均気温が1.5℃を超える年が出現する確率は70%に達する」と発表しました。中には1.9℃に近づく年が出てくる可能性もあるとのことです。

こうした事態を受け、2025年7月、カナダの著名な環境活動家デヴィッド・スズキ氏(セヴァン・スズキさんのお父さんとしてご記憶の方も多いでしょう)は、カナダの政治メディア「アイポリティックス」のインタビューで「もう手遅れだ」と語り、大きな波紋を呼びました。彼がそう公言したのは初めてのことだったからです。

実際、多くの科学者たちがこれに同意しています。地球温暖化を最初に世界に告げた気候科学者の一人、ジェームズ・ハンセン博士も、今年2月、「2℃目標はもはや不可能であり、死んだ」と明言しています。

■気候変動は食料価格の急騰を引き起こす

そしてそれを裏づけるように、気候変動が食料価格の急騰を引き起こし、社会に深刻な影響を与えていることを示す研究が次々と発表されています。

たとえば、日本国内でも米や野菜の価格上昇を実感された方は多いでしょう。これ以外にも、2024年1月にはイタリア・スペインでの長期干ばつの影響により、欧州のオリーブオイル価格が前年比で50%上昇しました。ガーナとコートジボワールでは、熱波の影響でカカオ価格がわずか3ヶ月で約3倍に急騰しています。これらの影響はもちろん、日本の市場にも現れています。

以上の事例は、今年7月に発表された国際的な研究者グループによる論文の中で紹介されているものですが、著者たちは「今後、このような不安定さが常態化し、恒常的な『生活費の危機』につながる」と警鐘を鳴らしています。

■サステナビリティも岐路に立つ

けれど、対策が進んでいないのは気候危機だけではありません。持続可能性全体の取り組みもやはり計画どおりには進んでいないのです。

7月に発表された『持続可能性の岐路(Sustainability at a Crossroads)2025』という報告書では、世界中のサステナビリティの専門家が「いまのやり方ではもはや目的に適っていない」と指摘していることが示されています。

誰もが課題の重大さを認識しつつも、政府、企業、NGO、国連、あらゆる組織が期待された成果を上げられていないのです。 特に機能していないとされているのは政府と国連機関ですが、この10年ほどはさまざまな活動をリードしていると希望を託されてきた企業や投資家の活動も不十分ですし、最近では北米を中心に、持続可能性アジェンダへの組織的な反発すら強まっていることが報告されています。

■目標は変えずアプローチを変える

けれども、だからといって「もう諦めるしかない」という話ではありません。この報告書はまた、アジア太平洋地域やラテンアメリカの専門家たちは、いまの政治・経済のショックを「脅威」ではなく「変革のチャンス」と捉えているそうで、私もこの見方に強く共感しています。

いま必要なのは、目標を変えることではなく、アプローチを変えることです。

もはや、気温上昇を1.5℃に抑えることは難しそうです。その影響は様々なところに顕在化しています。私たちは「気候戦争」とも言える新たな時代に足を踏み入れてしまいました。

私があえていま「戦争」という言葉を使うのは、一つは私たちがこの事態から様々な被害を受ける可能性があるし、これまでのような平和な生活が続くことは残念ながら期待できないからです。そのことを私たちはしっかり覚悟する必要はあります。

しかし同時に戦争がそうであるように、戦略次第では、命や財産、暮らしへの被害を最小限に抑えることができます。たしかに危機ではあるけれど、すべてが失われるわけではないのです。

ですから、これはけっしてこの世界の終わりではありません。むしろ、「再生(リジェネレーション)」の時代の始まりです。

■これまでのやり方を手放し、再生の時代に向かう

これまでのやり方、成長を前提として、現在のシステムを維持するための「サステナビリティ」は限界にきました。これでは無理なのがはっきりしたのです。『持続可能性の岐路』が示しているのは、まさにそうしたことを指摘する専門家たちの声です。

なので私たちはこれから、「もう一度、命を立ち上がらせる」再生の思想に転換していく必要があります。

自然がこれ以上破壊されるのをストップし、むしろ逆に自然を増やしていこうというネイチャーポジティブは、まさに自然を再生しようという目標ですが、それを実現するためには経済や社会も再生することが必要になりそうです。

そしてもう一つ大切なことは、新しいものを生み出すためには、今までのものはいったん手放す必要があるということです。

密な森では、いくら種が蒔かれてもなかなか世代交代は起きません。大きな木が倒れたり、枝が落ちて太陽の明るい日差しが地面に届くようになった時、はじめて世代交代が起きるのです。 社会もまた、いったんこれまでのやり方を手放すことで新たに育つ空間を得られるのだと思います。その痛みは、終わりではなく、始まりのしるしでしょう。

私たちがいまのやり方、つまりこれまでの常識の中に立ち止まらず、考え方をもっと柔軟に切り替えていけば、再生の余地はいくらでもあります。この数年は、その分岐点になるでしょう。

つまりこれからの数年は、これまでの延長ではなく、新しい時代の入り口です。気候の変化にただ身をゆだねるのではなく、どうやって再び命の循環を取り戻すのか。そんな問いを皆で共に考えていけたらと思います。

※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)520(2025年7月25日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」は、こちらからもお読みいただけます。

 

adachinaoki

足立 直樹(サステナブル経営アドバイザー)

東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。国立環境研究所、マレーシア森林研究所(FRIM)で基礎研究に従事後、2002年に独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長、一般社団法人 日本エシカル推進協議会(JEI)理事・副会長、サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー等を務める。

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キーワード: #生物多様性

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