記事のポイント
- 米国で「反DEI」の動きが広がっているが、投資家はDEIを判断の軸としている
- 世界に遅れをとっている日本の企業や組織こそ、DEIを推進することが重要だ
- DEIは理念から実践へ、そして実践から「語れる力」が求められている
■DEIが組織を強くする(1)
近年、米国では、政治的対立や「逆差別」への反発を背景に、大学入試で人種などを考慮するアファーマティブ・アクションの廃止や、企業におけるDEI部門の縮小といった動きが一部で進んでいる。しかし、投資家の視点は冷静だ。世界に遅れをとっている日本の企業や組織こそ、DEIを推進することが重要だ。(ダイバーシティ推進コンサルタント・前田京子)
米アジェンダ・ニュースによると、ESGに関する株主提案に詳しい米国の非営利団体アズ・ユー・ソウのアンドリュー・ベハーCEOは、「投資家は『トランプがDEIについて何を言おうが関係ない。ビジネスにとってDEIは良いことだ』との考えを示した。投資家がこれほどまでに一致団結するのは前例がない」、「投資家が望むのは、企業が政治ではなく、事業に関する情報に基づいて意思決定することだ」と指摘した。
非営利団体インパクティバイズによると、時価総額13兆ドルを超える米国大手企業30社において、DE&Iに反対する提案はすべて否決され、反DEI株主提案の支持率は2%未満にとどまった。
マッキンゼー社の調査(2023年)によれば、経営陣の多様性が上位25%に入る企業は、下位25%と比べて財務業績が39%高い。2015年の調査時には15%だったこの差は、年々広がっている。
■ DEIに「なぜ取り組むのか」
では、日本はどうか。
世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数(2025年)では、日本は146カ国中118位。経済誌「エコノミスト」の調査では、女性の働きやすさで日本は29カ国中、下から3番目という開発途上国の中に位置する大変低い結果だった。
一方で、経団連の調査(2020年)では、企業の3分の2が「DEI推進は経営に良い影響がある」と答えている。さらに、政府は2030年までに女性管理職比率30%を目標に掲げ、人的資本開示や女性活躍推進法の改正も進めている。強いて言えば、日本の企業にとって、世界からの遅れは今後の「伸びしろ」と捉えることもできる。
そのような中、DEIに取り組む企業は年々増えているが、「なぜ取り組むのか」を自信を持って説明できる組織は、まだ多くない。制度はあっても成果が見えず、どこから手をつけてよいか分からない──。そんな声も少なくない。
DEIとは、制度をつくることではない。評価、育成、意思決定、そして日々の対話や働き方にまで、どれだけ「違い」を織り込めるか。「女性活躍」だけでなく、ジェンダー平等(※)、LGBTQ+、障がい者、外国人、シニアなど、多様な人が活躍できる環境をどう築けるかが問われている。
「なぜ取り組むのか」を企業方針として公表し、制度・組織文化・行動の3つの層に、どうDEIを根づかせるか。それは、企業の持続性や価値、採用力、投資家などステークホルダーとの信頼に直結する。
世界が揺れるいまだからこそ、DEIを「理念」ではなく「経営の中核」として据え、実行に移すことが求められている。「反DEI」の動きが広がるなか、世界的に遅れをとる日本の企業や組織こそ、DEIをさらに推進し、実践していることを語る力を通じて、信頼と競争力へとつなげていくことが重要である。
※注釈:「女性活躍」から 「ジェンダー平等」へ
いままで日本では「女性活躍」が主なテーマだったが、世界の流れは人権としての「ジェンダー平等」になっている。「女性活躍」は、男性社会に女性を増やす発想で、比率を上げることを目的にしてしまう恐れがある。一方、「ジェンダー平等」は、女性と男性が対等な立場で、働き方や役割の見直しを男女双方に問うものである。