中堅商社がCFP公開、取引先からどう一次データを取得したか

記事のポイント


  1. 原田産業は「SBT」の認定を取得し、取扱製品のカーボンフットプリントを公開した
  2. ニッチ市場を軸にした経営戦略と理念で社会に貢献
  3. 国外のサプライヤーにも訪問し、排出量の一次データを取得

総合商社の原田産業(大阪市)は2025年6月、脱炭素の国際的イニシアティブ「SBT」の認定を取得し、取扱製品のカーボンフットプリント(CFP)を自社サイトで公開した。事業をSDGsと紐付け、サーキュラーエコノミーや再エネ分野のビジネス拡充も目指す。「ニッチ市場」を軸にした経営戦略と理念を、原田暁社長に聞いた。(聞き手:オルタナ副編集長=長濱慎)

原田暁(はらだ・さとる)
大学で建築を学び、建築資材メーカーに就職。2003年、原田産業入社。東京支店長などを経て、創業90周年の2013年社長に就任、現在に至る。

◾️ニッチ」に特化し社会課題の解決を

――原田産業とはどんな企業なのか、特色を教えてください。

大阪・南船場に本社を置く総合商社で、アジア地域を中心に、国内外十数の拠点や関連会社を展開しています。現在の事業分野は「造船・海洋」、「建設・インフラ」、「エレクトロニクス」、「ヘルスケア・ライフサイエンス」、「食」、「生活」の6つです。

造船・海洋分野では船体にエンジンなどの大型機器を固定する際に用いる樹脂ライナーと船内機械設備、建設・インフラ分野では建築用空調吹出口、5Gに対応する通信測定器、鉄道業界向けの設備・資材、食の分野では製造設備や食品原料など、まだ国内にない付加価値の高い製品やサービスを日本に紹介しています。

取扱製品に占める割合が比較的に多いのは、産業用消耗品で生産現場の作業用手袋やウェアなどです。半導体工場や製薬工場、食品工場、各種工事など、厳しい基準が求められる現場に普及しています。また、顧客の課題とニーズにオーダーメイドで対応するユニフォームを小ロットで企画・製造・販売する体制を整えていることも特徴です。

創業は1923年、当時国内で大量生産する技術が確立されていなかった板ガラスの輸入から始まりました。

安全な足場確保やコスト削減を実現する、鉄道工事用通路「ロデッドパネル」
フルオーダーメイドで顧客の課題に対応するユニフォームブランド「EX.WORKERS(エックスワーカーズ)」

――創業した1923年に関東大震災が起き、輸入板ガラスが復興に役立てられたそうです。原田産業のDNAとして、ビジネスを通した社会課題の解決は強く意識しているのでしょうか。

人生の大半を仕事に費やすわけですから、やはり仕事を通して社会に貢献することが社員自身の幸せにつながると思います。それに加えて重視しているのが「ニッチに特化すること」で、大手が手掛けない分野で高い付加価値を提供していくことが使命だと考えています。

一つの事例として、ヘルスケア分野の気管支充填材「EWS」があります。これは希少疾患の手術に用いる機器で、製品化を望む医師の声が少なくありませんでした。しかし、患者さんが少なくマーケットが小さいゆえに、開発の手間やコストを考えると大手が手を出しにくい分野でした。

ならば、当社がやろうと、フランスのメーカーに製品化を打診し、治験や医療承認の申請、販売価格の適正化といったハードルを一つひとつクリアし、医療保険の適用を可能にしました。

このプロジェクトをきっかけに当社に対するヘルスケア業界からの認知度が高まり、新しいビジネスへの可能性が広がりました。医療機関とも機器メーカーとも異なる立場から、自由な発想で挑戦したからこそ実現できた価値だったのではないでしょうか。

難治性気胸などの手術に用いられる気管支充填材「EWS」。手術の負担軽減や入院期間の短縮を実現し、患者のQOL向上に貢献

◾️専門知識を社内に蓄積しSBT認定を取得

――2025年6月には、脱炭素の国際的イニシアティブであるSBTの認定を取得しました。

取得したのは「ニア・ターム(短期目標)」で、パリ協定が求める水準に基づき2030年までにGHG(温室効果ガス)排出量をスコープ1、2で42%、スコープ3で25%の削減を目指します。

当社は2020年から、SDGs(持続可能な開発目標)を軸にしたサステナビリティ活動を本格化させていました。その活動を形骸化させないためにも、科学的根拠のある国際的な認定を取る必要があったのです。

商社である当社は、製造業などに比べるとGHG排出量は少ないですが「仕入れて売る」責任を負っています。取引先を含むステークホルダーの脱炭素に対する意識を高める役割を担うためにも、SBTの認定取得は必須だと考えました。

――SBTの認定取得には、削減計画の策定や主催団体であるSBTiとのコミュニケーションなど、専門的な知識や対応力が求められます。

脱炭素に知見を持つ複数のコンサルと契約を結び、認定取得に必要なノウハウを学びました。さらに3人の社員がSuMPO(※)の「LCAエキスパート(※)」の資格を取得し、GHG排出量の可視化や目標策定を主導しました。

※SuMPO:一般社団法人サステナブル経営推進機構

※LCAエキスパート:製品やサービスのLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)に必要な、データ収集から算定、算定結果の分析・評価までを担うことのできる人財

資格を取った3人は20代から40代で、各々の担当業務をこなしながらSBTの認定取得に取り組みました。サステナビリティの専門部署を設けるほど人員リソースに余裕がない中堅企業でカギを握るのは、社員一人ひとりのモチベーションです。

◾️サプライヤーを訪問し一次データ取得

――自社外(サプライチェーン)で排出されるスコープ3の可視化については、多くの企業が頭を悩ませています。どのように対応しているのでしょうか。

サプライヤーから排出量の一次データを取得します。主力製品の一つである産業用手袋については、マレーシアの工場まで足を運びました。サプライヤーからすると、データの開示にはリスクが伴います。電気や水の使用量、さらには生産量の何%を当社に供給しているかといった企業秘密までも開示することになるからです。

そこは長年取引を行ってきた信頼関係をベースに、対話を重ねるしかありません。脱炭素は世界的な流れで、排出量が明らかでない製品はこの先採用されないリスクがあること、データ開示こそがビジネスの持続可能性につながることなど、サプライヤーにもメリットがあることを粘り強く伝えます。

対話にあたっては当社の一方的な都合だけで開示を求めるのでなく、近江商人の「三方よし」(売り手よし買い手よし世間良し)のようなWin-Winの関係構築を強く意識する必要があると思います。

◾️自社HPでCFPを公開、サステナ担当者が注目

――自社ホームページ内に特設サイトを設け、取扱製品のカーボンフットプリント(CFP)を公開しています。

先ほど紹介したLCAエキスパートを中心に、原材料調達から製造・輸送・使用・廃棄に至るライフサイクル全体のGHG排出量(CFP)を算定しています。それをサイト上で公開することで、取引先がサステナブルな製品を選ぶ際の参考にしていただきたいと考えました。

サイトではCFPに加えて「環境負荷への低減」と「様々なSDGsに貢献」という項目も設けました。前者は主にリサイクル・リユースに対応した製品を、後者は人権に配慮した製造過程や安全な労働環境、健康と福祉に資する製品などを紹介しています。

今やビジネスにおいては、脱炭素だけでなく「ビジネスと人権」など幅広い分野に配慮しなければなりません。サイトを見た企業・団体から引き合いをいただく機会も増えており、サステナビリティ担当部門から引き合いをいただく場合も増えています。

サステナ部門が企業内で決定権を持つケースも多く、当社の存在を知ってもらうことで新規の取引やビジネスの可能性も広がってきました。情報を届けたい相手に着実にわかりやすく「届ける」ことが、とても大切なのだと感じています。

特設サイトで取扱製品のCFPを公開。算定はLCAエキスパートの資格を持つ社員が行う

◾️今後は循環経済や洋上風力の拡充へ

――今後はどのような分野にビジネスを広げていこうと、お考えですか。

ひとつがサーキュラーエコノミーで、2030年度に取り扱う消耗品の30%以上を3R(リユース・リデュース・リサイクル)システムの中で運用する目標を掲げています。これは 消耗品を扱う当社の果たすべき責任であり、大学などの研究機関と連携し産業用手袋のリサイクル手法についての研究に取り掛かっています。

最新テクノロジーを取り入れて社会課題の解決に貢献する「イノベーティブなビジネスの推進と創造」、環境保全と人々の健康を両立させる「自然環境保護と健康的なライフスタイルの促進」にも注力し、それぞれの売上比率を2030年度30%以上にすることを目指します。

造船・海洋分野での経験を活かし、洋上風力発電にも注力していきます。国内の洋上風力は、エネルギー資源が少ない一方で四方を海に囲まれた日本にとって、将来的には欠かせない再生可能エネルギー電源になると考えています。

この分野は欧州が先行しており、当社は関連する機器やソリューションの輸入を通して欧州メーカーの技術や知見を日本市場に紹介しています。しかし、海外から輸送する手間や日本の産業力強化を考えると国産化が必須で、そこに向けた道筋をつけるべくライセンス生産に向けた取り組みも始めています。

◾️「堅実経営」と「共感資産」を未来へ守り継ぐ

――創業102年を迎え、次の100年も守り継ぎたい「原田産業らしさ」とは何でしょうか。

1928年竣工の本社社屋を現在も使用している

当社のスローガンは「すべては、挑戦から。」で、ミッションは「自らが挑戦者として最高の一手を共創する変革のパートナーであり続ける。」です。社会をより良くするには「挑戦」がキーワードになると考えています。

しかしその前提として、堅実経営とのバランスを取らなければなりません。「一か八か」や「社運をかけて」ではなく、あくまでも身の丈に合った挑戦を通して利益を生み出し、その利益を新たな事業に投資することで社会課題の解決に貢献する。それが当社のあるべき姿だと思います。

創業者である原田亀太郎は当社を創業する前に勤めていた会社が倒産し、社員やその家族を路頭に迷わせてはいけないという思いを強くしたといいます。社員も大きな意味での「家族」ととらえる考え方が大切です。

当社は「共感資産の蓄積」と呼んでいますが、どんな仕事も一人では完結せず、皆で協力してたくさんのハードルを一つひとつ乗り越え、喜びや悔しさを共有しながら成し遂げていくものです。目に見えない無形資産ですが、こうした「共感」を蓄積していくことが、将来にわたって働く社員の幸せにつながるのでしょう。

S.Nagahama

長濱 慎(オルタナ副編集長)

都市ガス業界のPR誌で約10年、メイン記者として活動。2022年オルタナ編集部に。環境、エネルギー、人権、SDGsなど、取材ジャンルを広げてサステナブルな社会の実現に向けた情報発信を行う。プライベートでは日本の刑事司法に関心を持ち、冤罪事件の支援活動に取り組む。

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キーワード: #SDGs

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