記事のポイント
- ミキモトは、真珠の品質を磨くだけでなく、環境価値の向上にも取り組む
- 過去の過剰生産から脱却し、海の生態系を守りながら真珠養殖を進める
- 創業ゆかりの地である三重県志摩市浜島町の真珠研究所を視察した
■小林光のエコめがね(51)■
ラグジュアリーブランドほど、サステナビリティへのこだわりがなければならないのは、自明だろう。ただゴージャスなだけでは高い美意識を満足させられない。ミキモト(東京・中央)は、真珠の品質を磨くだけでなく、真珠に込められた環境価値を高め、さらにそれが伝わるよう、地道な努力を積み重ねている。このほど、同社創業ゆかりの地である三重県志摩市浜島町の真珠研究所を視察した。(東大先端科学技術研究センター研究顧問・小林 光)

図のように、ビジネスのサステナビリティには、いろいろな視角がある。自然資本との係わり、すなわち、汚染物質の排出や資源消費に伴う環境負荷の低減、再生資源の活用、エネルギー消費量やそれに伴うCO2排出量、生態系への低侵襲とその質の向上への貢献、といった視角があり、さらには生産等に投入される人的資本の棄損がないこと、といった視角もある。
ビジネスを支えるエコシステム全体への目配りが必要であって、金銭資本へのリターンだけを重視する狭量では、ビジネスは長続きしないのである。ミキモトの真珠ビジネスの場合は、果たしてどう見えてくるのであろうか。
■真珠不況の経験に学んだ「ほど良い」生産規模
まず最も重要なことは、真珠生産は、海、それも「里海」の健全な生態系に支えられて初めて成り立つという事実である。同社はこのことを強く意識している。
そもそも、ミキモト創業者の幸吉翁は、天然真珠の採取のための野生アコヤ貝の乱獲を憂いて、養殖真珠の道を開いた人で、単に、貝の保護にとどまらず、「日本中を公園にする」との発想で、戦後初の国立公園としての指定を伊勢志摩地域で実現するべく尽力した。自然自体に対する造詣そして尊敬は並外れたものがあった。
しかし、翁の死後、1960年代には、養殖真珠は外貨獲得の大きな手段として生産の拡大が追及された。過密になった養殖水域の環境はその排出物でアコヤ貝の生育に不適となり、母貝の数当たりの真珠生産量は数割も落ちたという。
さらに、過剰生産がたたって、その品質も劣化し、その結果、魅力を失い、購入される量も激減した。1966年を真珠生産のピーク(約130トン)として、いわゆる真珠不況に陥ってしまった。
野生種の乱獲を防ぎつつ利益も得ることが原点の養殖が、行き過ぎて、その生産の基盤を破壊してしまったのである。こうした反省もあり、また、後に述べる海の温暖化による生産阻害などもあって、同社分を含めた今日の日本全体の養殖真珠生産量は年間12トン程度と、往時の10分の1程度となっている。
結果的とはいえ、生態学の教科書にあるMaximum Sustainable Yield(最大持続生産量)を具体化させたとも言えよう。
■稚貝の人工飼育が進んでも、海の生態系が重要だ
同社の真珠研究所で、父貝母貝の交配により生まれた稚貝が、約3週間の浮遊するプランクトン生活を終え、定着生活に入る寸前の姿を拝見させてもらった。
1世紀半近くの長きにわたって研究されてきた真珠養殖だが、それでもやはり、自然から切り離した完全人工飼育はサステナブルではないのだそうだ。一つには、遺伝子の多様性が失われ、個体の生活力が損なわれる。

もう一つは、人工培養したプランクトン(写真1)が多種あって餌として稚貝に与えることができるにせよ、貝を大きく太らせるには、やはり、本物の海の生態系の中で餌を摂らせることが必要で、今でも、海の何が貝を太らせるのかが解明しきれていないそうである。
そうしたことなので、幸吉翁が心掛けたように、野生種のアコヤ貝の多様な系統を保護すること、そして、稚貝から成貝になるまで3~5年も暮らす健全な海中の環境を守ることは、このビジネスの切っても切れない一部なのである。
■温暖化が新たな脅威に、有毒なプランクトンが増加
では、健全な海の環境はミキモトなどの努力で維持されているのだろうか。
実は、海にも地球温暖化が及んできて、これが新たな脅威となっている。元々は熱帯に住んでいたと思われる、貝には有毒なプランクトン(渦鞭毛藻の仲間。ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ(学名:Heterocapsa circularisquama))が、温帯の日本の海で大規模に発生するようになった。
アコヤ貝を有毒なプランクトンによる赤潮が初めて襲ったのは1992年である。その被害は、90年代を通じてみれば総額70億円から100億円と推計されるほど激甚なものであった。
これに対し、初期の頃は、人間が海水を採取し、プランクトンの種類を同定し、その量を測り、そして、貝の養殖籠を海中につるしている筏丸ごとを安全そうな場所に避難させる、という、タイムラグが大きく、さらに労力のかかる対応を取っていた。
しかし、対応は後手に回る上、筏の移動で、赤潮をわざわざ新しい海域に持ち込んでしまうような不始末も多かった。
■「貝リンガル」で貝殻の危険を察知

そこで開発されたのが「貝リンガル」という、生きた貝自身に海の様子を聞かせてもらうモニター手法である。貝は、有毒なプランクトンが増え、貝殻の中にも侵入してくると、それを追い出すべく、頻繁に貝殻を開閉させるのだそうだ。

この貝殻の動きを測定して(写真2)、データを無線で事務所まで飛ばせる小型の筏(写真3)を湾内何カ所かに置いた。そこでは、様々な深度に置いたアコヤ貝の貝殻の開き距離と開閉の頻度を測定して、有害なプランクトンの生息の多寡、出現場所や深度を、ほぼリアルタイムでモニタリングする。開発を終え、実用化されたのは2004年である。

写真4は、縦軸が海面からの深さ(上段4つが浅い層に置いた貝のもので下の4つが深い層の貝のもの)、横軸が時間を現した座標面に、貝殻の動き(殻の開き距離の変化)をプロットしたものだ。開き距離の変化が頻繁な赤色の濃い時刻・深さは全体的に見ると逆U字になっている。
ここに見るように、有害なプランクトンは暗いうちは底に近い所に居て、陽が上がると水面近くにまで上がってくる日周的な活動を繰り返していることが分かった。
そこで、このモニタリングで、有害なプランクトンの増殖が確認されると、これまでのように筏(いかだ)ごと場所を変えるのではなく、養殖の籠を、有害プランクトンが多く生息しない深度に動かす、という労力の取られることの一層少ない対処法で被害を防ぐことができるようになった。
そして、この方法で、近年は、ヘテロカプサ赤潮による大量へい死を抑え込み、被害を軽減することに成功しているとのことであった。このような、海の健全さはそこに住む貝に聞く、という手法は広く共有され、今や、牡蠣やホタテなどの二枚貝の養殖などにも使うこととして研究が進んでいる由である。
■照明のLED化で、省エネとプランクトンの収量増加を両立
着床するまでのプランクトン時代を除き、アコヤ貝が重さを増やすのは専ら海の恵みによるので、インプットのほとんどは環境負荷を生むものではない。簡単に言えば、海中にあるいろいろな物質を貝の形に変換しているに過ぎない。
溶存のCO2も貝殻の形に変わって取り除かれるが、貝は呼吸もするので、出入りのバランスは微妙だ。しかし、海中養殖自体の投入物は作業船の燃料程度と見て差し支えなかろう。
陸上養殖するプランクトン時代の投入物として主なものは、稚貝が浮遊する水槽中の海水を保温するためのエネルギー、稚貝の餌になるプランクトンを培養するためのエネルギーである。
その節約のため、照明のLED化が行われた。その結果は、電力消費の削減につながっただけではなく、面白いことに餌プランクトンの収量が増加することにもつながったと聞く。
今後、電源のPVパネルへの変更、そして養殖水槽の加温のための、現行はA重油焚きのボイラーが、例えば、太陽熱温水器や周辺の間伐材チップを燃料とするボイラーなどに更新することができ、また、湾内で作業をする小舟艇の電動化などがなされれば、ほぼ脱炭素に漕ぎつけられよう。
■すべてを「恵み」に変える循環利用の試みへ

マテリアル面から見たサステナビリティで心配されるのは、インプット面より、各種の廃棄物である。
冬、真珠収穫のために浜に揚げた1万貝(2~3歳相当)からは、お目当ての真珠のほか、そのまま食用になる貝柱30kgが取れる一方、貝殻0.3トン、貝肉0.4トン、外套膜8kgが生まれてくるという。真珠の収量は企業秘密で、ケースによってまちまちだが、真珠を育んだ親貝のケースでも、真珠の重さは概ね親貝の1%にも満たないごく僅かなもののようだ。
また、収穫時だけでなく、アコヤ貝の養殖は海水中への放置は許されず、定期的に籠を上げて、各貝殻からフジツボなどを除くなど清掃を行い、育ち具合に応じた籠内の生息密度を作り出す、継続的なメンテナンスが必須である。この作業に伴って、フジツボや各種貝類などの殻や肉質の物が排出される。
幸い、貝柱は、写真5に見るように、ホタテ貝などとは違った独特の形状やツヤを持ち、真珠生産地近辺でしか食べられない冬の味覚として珍重され、高値で取引されている。
本報告に際して、自分も食味を確かめてみた。大きさはホタテガイの3分の1程度であるが、刺身では、歯ごたえはしっかりしていて、味は、ホタテよりは平貝似で、さらに甘い旨味に優れた逸品であった。塩だけの素焼きにもしてみたが、フグなどの白子の焼き物と対抗できる濃い味のプレゼンスで、全国レベルの集客力が期待できると感じた。
しかし、残りの物の有効活用は課題である。現状では、貝殻が貝ボタンやカルシウム源に、また、外套膜からはコラーゲンを抽出して化粧品原料とする取り組みが行われているが、全量でない上、付着していたフジツボなど、ミネラルに溢れる雑多なものがある。
ミキモトでは、このミネラルに溢れたマテリアルを堆肥化し、乾燥させ、里海の上流部になる畑などに施肥し、栄養分の里地里海間の循環を実現したく考え、これらをコンポスト化したものの肥料としての活用に向け、近隣農家への提供などを始めている。
塩分の多さなどには栽培作物との相性の問題があるかもしれないが、地域の篤農家の協力を得つつ挑戦するに値する取り組みと思われた。
これが成功すれば、サステナブルなマテリアルバランスの実現ということを超えて、今をときめく、ネイチャーポジティブ、すなわち、人間界が生態系にインクルーシブなものになり、人間活動からの元利償還金の支払いを受けて自然資本が回復していく、という、いわば究極目的に近づくことになるので、大いに期待したい。
■繊細な職人芸に支えられる真珠の養殖
サステナビリティの最後の視角、人間資本の涵養についてはどうだろう。実は、真珠の養殖は、粗放的ではなく、極めて労働集約的な事業だと、現場を見させていただいて感じた。
将来の真珠になる核を埋め込む、いわば手術は、とても繊細で、職人芸で、巧拙があって、近所の人が総出で取り組むクリエイティブでエキサイティングな作業だという。前述したメンテナンスも、拝見したが、いわば子育ての作業だ。
さらに近時、マンパワーを要するようになった気候変動への対策も、貝リンガルがなかった頃は、筏を移動させる結構な重労働で命を落とす人もいたそうである。貝リンガルは、人にもやさしい技術と言えよう。
そんなこんなで、真珠養殖は、サステナブルへもう一歩、そして、ネイチャーポジティブの高みにも手が届きそうな位置にある、人間と自然との良い付き合いの好例だと言いたい。
さて、私のこの話で、皆さんの、真珠に払える値段は果たして少しは増えましたか。



