諏訪湖巡るエコ、水草刈りで栄養の地域好循環と経済価値創出

■小林光のエコめがね(33)■

記事のポイント


  1. 諏訪湖では、夏前から盛夏の時期、菱の刈り取りが行われる
  2. 汚くて嫌がられていた諏訪湖の水質改善の一環だ
  3. 刈り取った菱などは、農業資材として農地還元されている

■なぜ菱刈りをするのか

今回も、前回同様に諏訪湖がテーマ。自分も参加した菱刈りなどの活動を紹介したい。

諏訪湖では、夏前から盛夏のこの時期、いろいろな団体、そして個人が参加して菱の刈り取りが行われる。その背景には、前回にも触れた水質改善がある。工場排水規制や下水道の完成により湖水の汚染物質や濁りが減って日光が浅い湖底に届くようになったら、藻の成長が盛んになった。

かつては、アオコを大量生産していた湖水は、今度は、藻を大量生産しだした。菱などの水草の成長には、太陽光の回復だけでなく、各種の栄養が寄与している。市街地の表流水からの栄養のほか、川の上流から流れてくる有機物質も預かっている。

諏訪湖の集水域は、肥料などを使うブランド物の高原野菜の産地でもあって、流入負荷の2割程度が農地系と聞く(自然負荷を除くと市街地からの負荷と同水準)。藻が成長し過ぎると、折角湖底にまで届いていた光は失われ、水底に固着する型の水草は枯れて、湖底は貧酸素になってしまい、水生生物が道連れになって死んでしまう。

そこで、最近、底層水の溶存酸素(DO)についての目標値を定めて対策を進めている。その中の重要なものが菱刈りである。菱刈りはここ10年ほど続けられている。

長野県自ら機械化した除却を行うだけでなく、県が音頭を取って、そこに、船を持つ漁協やセーリング協会そこに加わるヨットクラブ(ブルーウォーターYCなど)、そしてトヨタ自動車など社会貢献をする企業が協力し、広く県民に呼び掛けその参加を得て、菱を刈る活動が大々的に行われるようになった。

自分も2回ほどそうした活動に参加してみたので、気づいたことを報告しよう。

湖生態系への介入作業の実際

菱の引き抜き作業(写真1)
菱の引き抜き作業(写真2)
菱の引き抜き作業(写真2)

写真1と2は、菱の引き抜き作業である。菱は、水深2m程度の浅い沿岸域に生え、夏には湖面一杯に葉を浮かせ、白いきれいな花を咲かせ、そのうち、まさしく菱形の種を付け、しばらく漂ったうえで、湖底に沈んで刺さり、そこで芽吹いて生息地を広げていく。

こうした生活史から勝負は水面に葉が広がりだした初夏になる。写真1のように、船べりから手を伸ばして、菱の茎を手に巻き付けて、茎を垂直に引っ張って根っこ部分を含めて個体を底から抜き取る。数十分間作業すると、船に満載になるほどの収穫ができる。

クロモ(写真3)
盛夏に繁茂するクロモ(写真3)

写真3は、もう少し浅いところで盛夏に繁茂するクロモである。これは、県内の他の箇所では希少だが、諏訪湖では元気に繁茂している(ちなみに、オオカナダモといった侵略的外来種は、幸い、余り増えていないと聞く)。元気が良すぎて港や航路になっている所では船の航行を阻害するので、そうした場所では除却も行われている。

クロモは、水面に浮かんでいるわけではなく、重量もあり、切れやすいので、なかなか手では抜けない。このため、大きなレーキ(熊手のような爪がある器具)を底に沈めて動力船で引っ張って、根こそぎからめとることになる。

掻き取ったクロモ(写真4)

写真4は、ブルーウォーター・ヨットクラブの活動振り。クロモを思いっきり掻き取ったレーキがフォークリフトで持ち上げられた様子である。

刈り取り作業の全体では、県の菱刈り船による、菱の、水深1.5m以浅の部位の機械刈り取りが最大収穫量(湿重量で500トン以上)を稼いでいる。

これらの水草は、湖岸の草地に広げられ、天日で干して減量化される。

減量化されたベースですら、藻の量は年間455トンにもなるそうである。それだけ多量の有機物を諏訪湖から人為的に取り去っているのだから、無為の場合との比較実験は不可能とはいえ、水質や生態系に何らかの好影響があるものと思われる。県の諏訪地域振興局によると、菱では、計画的に毎年一定量を除却しているが、菱の発生状況は、長期的には漸減傾向にあるという。

この対策がとどめの対策になっているかは不明だが、諏訪湖の富栄養化の目標となる全リンについての環境基準値は、ここ5年続けて達成し、窒素についても昨年ようやく達成できたそうである。

有機物の地域循環

この多量の菱などはどうなるのだろう。

江戸時代には、化学肥料などなかったから、諏訪湖やそこに流入する河川下流の水草は、貴重な肥料原料であった。農民は競って藻刈り船を出して藻などを収穫し、堆肥化して畑に鋤きこんだ、という。このことに習って、現代でも、この刈り取った菱などは、農業資材として農地還元されている。

地元のみのり建設は、収穫の半分の堆肥化を請け負っている。同社の宮坂社長にお話を聞いた。菱や藻には、さらに、牛糞などを原料にした発酵促進剤をこれらと同重量加えて寝かせ、堆肥化を進め、翌春には、諏訪圏域6市町村に各200袋の製品が無償で渡され、希望の方へ配布されているという。

残余分(全体の数%)はみのり建設から直接に希望者に販売されてもいる。この堆肥は、主に、土壌改良、すなわち、基礎的な土づくりに使われているそうだ。そして、作物の種類やそれ毎の不足栄養成分に対応して化成肥料が使われることになる。

菱などの堆肥化と農地還元で、即効性で溶け去るのも速い化成肥料の使用は減り、結果、諏訪湖への流入する窒素分などの負荷量もおそらく減る。つまり、菱などの刈り取りと農地還元は、化成肥料による諏訪湖の富栄養化を逆方向の流れに変えていく働きをして、一粒で二度おいしい効果を発揮していそうだ。

こうした湖の物質代謝が、地域のブランド農作物のブランド価値を、例えば「こうのとり米」のようにさらに高めて、三度目のおいしさを生む時代が来ることも夢ではあるまい。

hikaru

小林 光(東大先端科学技術研究センター研究顧問)

1949年、東京生まれ。73年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、環境庁入庁。環境管理局長、地球環境局長、事務次官を歴任し、2011年退官。以降、慶應SFCや東大駒場、米国ノースセントラル・カレッジなどで教鞭を執る。社会人として、東大都市工学科修了、工学博士。上場企業の社外取締役やエコ賃貸施主として経営にも携わる

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キーワード: #生物多様性

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