福島第一原発事故をきっかけに脱原発に転じた小泉純一郎元首相は、「原発ゼロ」を掲げ、今も全国での講演を続けている。その発言をそのまま収録した『黙って寝てはいられない』(扶桑社刊、税込1296円)が、このほど刊行された。「原発ほどお金のかかる産業はない」。原発推進派に騙された、と過去の不明を恥じた元首相の主張は明快だ。(オルタナ編集委員=斉藤円華)
■米空母の被ばく乗組員に涙した小泉氏
本書で小泉氏が強調する原発の問題点は、コストが膨大であることだ。多額の税金を交付しないと立地自治体は原発を受け入れない。しかも運転中、さらに廃炉で発生する核のゴミを保管し、処分するのにも大変な費用がかかる。さらに核のゴミの保管、管理には10万年という途方もない時間が必要だ。
フィンランドにある核のゴミの最終処分場「オンカロ」を見学して、小泉氏が「日本で原発は無理だ」と確信したことは、今ではよく知られている。首相在任当時、いわゆる原子力ムラに「原発は安全、低コスト、クリーンだ」と信じ込まされ、自らも原発を推進してきた過去を小泉氏は「不明の至り」と率直に認める。
しかし本書の一番の読みどころは、東日本大震災の救援活動で被ばくした米空母の乗組員を支援するために小泉氏が動き始めた経緯だろう。福島沖に展開した空母ロナルド・レーガンは、福島第一原発から流れてきた放射能の雲に「直撃」される。健康被害を訴えた当時の乗組員400人以上が原告となり、東京電力らを相手取り米連邦地裁に損害賠償を求め提訴している。
小泉氏は今年5月に渡米し、原告と面談。「病気にはなったが日本が大好きだ」と話す原告らに感極まり涙したという。このほど小泉氏は、城南信用金庫の吉原毅相談役らと「トモダチ作戦被害者支援基金」を立ち上げた。
元米兵に対する小泉氏の気持ちは裏のないものだろう。だが、東電原発事故で苦しみを強いられているのは日本国民とて同じ。避難などの形で今、具体的に被害や不利益を被っている人々への言及が少ない点には違和感をおぼえた。