はみ出し者の内側の世界を描く―映画「ぼくと魔法の言葉たち」

4月8日から公開されるドキュメンタリー映画「ぼくと魔法の言葉たち」。2歳で言葉を失った少年が、大好きな「ディズニー映画」を通じて家族や周囲の人間とコミュニケーションを取れるようになり、一人の大人として自立していく様を描いた作品だ。アカデミー賞受賞監督であり、本作品の監督であるロジャー・ロス・ウィリアムズさんに話を聞いた。(寺町幸枝)

■母の直感が、子どもの能力を開花

4月8日から公開される映画「ぼくと魔法の言葉たち」

原作は、ピュリッツアー賞を受賞した作家ロン・サスカインドの「ディズニー・セラピー 自閉症のわが子が教えてくれたこと(原題:LIFE, ANIMATED)」だ。自身の次男で、2歳の時に自閉症と診断されたオーウェンとの生活について赤裸々に書き綴った作品は、発表後すぐにベストセラーとなった。

本作では、突然言葉を発しなくなってから、6歳でディズニー・アニメーションを通じて徐々に言葉を取り戻していく様子を、ディズニーの名作アニメのシーンとともに振り返る。障がいを抱えながらも底抜けに明るく社会で生きていくオーウェンと、それを支える家族やコミュニティーの姿も捉える。

「オーウェンが底抜けに明るくてハッピーなのは、間違いなく彼の家族、とりわけ母親のコーネリアのおかげだと思う」と語るウィリアム監督。

オーウェンの母親は専門家や医師たちが、伝統的な考え方で禁止するように命じたものを拒んできたという。その一つが、オーウェンが幼い頃から気に入っていたディズニーのアニメ映画だった。オーウェンにとってディズニーは障がいが露出する前から好きなものだった。

「(映画の中盤で)オーウェンが大学を卒業する直前、有名な社会性(Social Thinking)の専門家であるミッシェル・オーウェン・ウィナー氏に、オーウェンが自立した生活をする準備ができているかを評価してもらいに行きました。ですが、ミッシェル氏はオーウェンの自立に反対したのです。コーネリアは聞き入れませんでした。実はオーウェンは一人で車も運転しています。もちろんミッシェルは反対ですが」(ウィリアムズ監督)

これまでにも専門家たちは、オーウェン親子に様々なNOを言ってきた。オーウェンはかつて、話せるようにはならないと言われたが、コーネリアが自分の本能を信じて子どもを見守り続けた結果、言葉を取り戻した。ただ、子どもによって、映画だったり、植物だったり、自己表現のしやすい題材は異なるという。

彼女のアプローチは、多くの障がいを持った子を持つ親たちを勇気づけるに違いない。「コーネリアは自分の信念に従った行動で、オーウェンの能力を開花させてきたのです」と監督は続ける。

■現在進行形で描かれたオーウェンと家族の物語

来日したロジャー・ロス・ウィリアムズ監督

「映画では、専門家や医師たちとのシーンは省きました。というのも、私はこの作品をできるだけ感情的な作品にしたかったからです。オーウェンとその家族の心温まる物語にしたかった。オーウェンの視点から、彼の持つ深くて複雑で、インスピレーションに飛んだ世界を映し出したかったのです」(ウィリアムズ監督)

監督の言葉を借りると、「はみ出し者」というメインストリームから外れた人たちに焦点を当て、作品を作り続けてきたウィリアムズ監督。今回は、自閉症という障がいを抱えたオーウェンと、その家族を2年に渡り追い続けた。

当初の予定では、原作を中心に作品を作っていく予定だったという。しかし、撮影中、20歳半ばになったオーウェンが人生の転機に差し掛かり、現在進行形でめまぐるしく変わっていく様子を目の当たりにし、作品の視点を変えることにしたそうだ。

この映画は、オーウェンと言う青年を通じて、子どもの成長を支え、壁にぶち当たった子どもを見守り、手助けする親や社会の姿を捉えている。ディズニー映画は、オーウェンにとって、大きなプラスであったと同時に、これからはもっと「人生はディズニー・アニメーションとは違う」現実に直面していくことになるだろう。

「オーウェンの生活をドキュメンタリーとして追いかけ始めるまで、私は周りに自閉症の人がいるわけでも、自閉症に関する知識もありませんでした。ですので、この作品を通じて、私自身多くの学びがあり、そして作品を通じてこの映画を見てくださる人たちにも、同じように学んでもらえたらと考えました」とは監督の言葉。

作品は、この後ヨーロッパやオセアニアの各国でも公開予定だという。オーウェンというユニークな青年とその家族が、自閉症と言う障がいに前向きに向き合い生きていく姿は、さらに多くの人に学びと感動を与えるに違いない。

ロジャー・ロス・ウィリアムズ:
監督。TVプロデューサー・演出家としてキャリアを積み、映画界へ。2010年障がいを持つシンガーが、貧困や差別を乗り越え音楽を楽しむ姿を捉えた初監督作品「Music by Prudence(原題)」で、短編ドキュメンタリー部門アカデミー賞を受賞。オープンリーゲイの黒人として、広く「はみ出し者」を擁護する作品を描き続ける。同作品で、サンダンス国際映画祭のUSドキュメンタリー部門監督賞を受賞している。

映画「ぼくと魔法の言葉たち」

http://www.transformer.co.jp/m/bokutomahou/
4月8日(土)、シネスイッチ銀座ほかで全国ロードショー

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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