「上関の自然を守る会」の高島代表。ラッシュの店頭で働く社員らに、上関原発の建設計画について説明している。山口県上関町

高島代表は、「私たちが死んでしまっても残る、科学的な記録を残していくことが使命。正確な記録を残すことが上関の自然環境を守ることになり、未来の子どもたちのためにもなる」と語る。チャリティポットなどの長期的な助成によって、これまで年間約80回に上る海洋調査を続けられてきたという。

今回の署名活動は、同団体のほかに「原発に反対する上関町民の会」、「上関原発を建てさせない祝島島民の会」、「原水爆禁止山口県民会議」の4団体が2月から実施するものだ。4団体は、安倍晋三首相と世耕弘成経済産業大臣に宛てた署名で「上関原子力発電所の新規立地計画の中止」と「パブリックコメントの募集が始まっている第5次エネルギー基本計画に『新規立地計画中止』の文言を盛り込むこと」を求めている。ラッシュジャパンは、助成先「上関の自然を守る会」の署名を集めるかたちで活動に参加した。

原発に頼らない、活気ある町と未来をつくるために

高島代表が上関原発の反対活動を始めたのは34年前にさかのぼる。10年前には、山口県中関町から上関町に移り住んだ。活動の根底には、広島に生まれ、核の脅威を肌で感じてきた経験があると話す。

1982年に明らかになった上関原発の建設計画は、住民を「賛成派」と「反対派」に二分してきた。原発の建設予定地の向かいに位置する祝島の住民の約9割は原発の建設に反対する一方で、他の地域では約8割の住民が原発建設に賛成する。「上関の自然を守る会」の調査によると、山口県全体では人口の約6-7割が原発に反対しているという。

高島代表は、原発計画が進められてきた過程で、住民の人たちは「ここは何もない町だと思い込まされてきた」と語る。何もないから原発に頼るしかないーー。上関原発の建設計画は、そういう心理構造を生み出してきた。

34年間にわたる長い反対運動をどう続けてこられたのか。高島代表は、「とにかく1日でも原発建設が始まるのを延ばそう。延ばして情勢が変わるかもしれないと前向きに考え続けてきた。そう考えないと落ち込むばかりになるから」と振り返った。

現在、福島原発の事故が発生したことで、町民の多くは上関原発が建たないだろうと思い始めているという。

同代表は、原発で経済を成り立たせるのではなく、別の新たな方法で地域を活性化させるための活動を始めている。今年1月には、古民家を改装し、上関の自然や漁師文化について学べ、宿泊もできる施設「上関まるごと博物館」を開館した。

高島代表は、「これまでは海の文化を広めてきたが、里山の再生にも力をいれていきたい。かつてこの辺りには段々畑があったけれど、今は荒れ放題になっている。森が健全になれば、海にも良い影響が生まれる」と上関の新たな未来を描く。

4団体は明日19日、集まった署名を経済産業省に提出する。17時からは、参議院議員会館で院内集会「『奇跡の海』を活かした上関の未来へ ~地域おこしへの私たちのチャレンジ~」を開催する。

 

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