論説コラムー郡山に新産業、「おらげのワイン」

「私たちの夢に乗っかってくれませんか」という強引な説得に、それでも4軒(後に13軒に)の農家が応じ、ワイン用のブドウを植えてくれることになった。本気の支援が理解された瞬間だった。もともと農業の6次元化に関心を持っていた郡山市も一緒に果樹醸造研究会を組織するなど目の色が変わってきた。

2016年10月、ワイナリーの醸造施設が完成、福島にワイン産業を興すという荒唐無稽とも思われたプロジェクトが具体的に動き出した。当初は自前のブドウがなく、他産地のブドウを使ってワインを生産した。2019年3月、地元、郡山の農家のブドウを使って赤、ロゼ、白のワイン「オラージュ」を初めて生産、販売にこぎつけた。土地の方言で、自分の家を「おらげ」と呼ぶ。ワイン名は「おらげのワイン」(わが家のワイン)というわけである。

デビューしたワインは多くの人から「3年間、楽しみに待ってたよ」と歓迎され、すぐに完売した。

醸造責任者の佐々木宏さんは、山梨など日本国内で経験を積んだベテラン醸造家だが、「ブドウ畑の場所の選定も農家の人と一緒にやった。みなさん、ブドウに病気が出ないよう畑の管理をしっかりやってもらっているし、糖度の高いブドウを上手に作ってくれる。ここのブドウは日本のどの産地にも引けを取らないワインになるポテンシャルがある」と語る。

ワイナリーのスタッフは現在13人だが、これだけで回っているわけではない。実は障がい者就労支援の3団体と連携。収穫後、良いブドウと傷ついたブドウをえり分ける選果や、ワインの瓶詰、エチケット(ラベル)張りを障がい者に手伝ってもらっている。その中のひとりに、絵心のある本田正さんがおり、2019年ヴィンテージのロゼのスパークリングワインのエチケットを描いてもらった。伝統的にミロやシャガール、ピカソなど著名な画家にエチケットを描いてもらっているフランス・ボルドーのムートン・ロートシルトにならったものだ。

本田さんは1979年福島県生まれ。2011年の地震で海を見たショックでうつ病になり、病院で知的障がいが判明したのだという。農業に従事しながら、野菜と果物の絵を描いている。ワインへの思い入れも人一倍強いに違いない。

障がい者支援団体との連携は、ふくしま逢瀬ワイナリーで広報などを担当している渡辺学さん(32)の幅広いネットワークの成果だ。渡辺さんは三菱商事からの出向兼務者3人のうちのひとり。三菱商事ではサスティナビリティ・CSR部復興支援チームに所属しており、これまでの知見、経験が生かされている。

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原田 勝広(オルタナ論説委員)

日本経済新聞記者・編集委員として活躍。大企業の不正をスクープし、企業の社会的責任の重要性を訴えたことで日本新聞協会賞を受賞。サンパウロ特派員、ニューヨーク駐在を経て明治学院大学教授に就任。専門は国連、 ESG・SDGs論。NPO・NGO論。現在、湘南医療大学で教鞭をとる。著書は『国連機関でグローバルに生きる』など多数。執筆記事一覧

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