アフガンの「黒い正方形」(希代 準郎)

◆「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(43)

 カブール郊外に目指す家はあった。土漠の中にポツンと立っている。壊れかけた玄関のドアをたたくと髭をたくわえた熊みたいな男がぬーっと顔を出した。
「アクバルを探しているのだが」
「私だ。何か用か」
「日本人が誘拐された。何か知っているのじゃないかと思ってな」
「警察か?」
「日本のジャーナリストだ」
 入れという風に、アクバルはあごをしゃくった。東京本社からニューデリー支局に緊急の連絡が入ったのは3日前のことだ。アフガニスタンで日本人のNGO職員が誘拐されたからすぐ飛んでくれという。誘拐されたのは夕張寛人、32歳。宮城県女川の出身だ。
 東北が津波に襲われた時、日本中からボランティアが駆けつけた。意外なことだが、その中に大勢の難民もいた。正確に言えば、難民認定を申請中の外国人で、そのリーダーがアフガン人のアクバルだった。寛人は母親を津波にさらわれたことから毎日、海岸を歩き回っていた。現場で日本人以上にまなじりを決して遺体収容に奔走していたアクバルと知り合った。アクバルは難民に認定されるのは確実だと言われていた。アフガンで逮捕されたことがあり、帰国すれば拷問など迫害の怖れがあったからだ。しかし、意外なことに難民とは認定されず強制送還となった。寛人が日本のNGOのスタッフとしてアフガンに渡ったのはつい最近のことだ。

 軍の誘拐対策本部はごった返していた。
「ヒロトだと?反政府勢力によるK&R、つまりキッドナップ・フォー・ランサム(身代金目的の誘拐)に間違いないだろう。セキュリティに無頓着なボランティアや有名になりたがっているフリージャーナリストはカモになっているぜ。あんたもそうか」
 開口一番、将軍は吐き捨てた。手ごわそうな男である。
「身代金の要求額は4860万アフガニーだ。日本政府は払うかな」
「払うだろう。ただ中途半端な額だな」
「フン、確かに」
 とりあえず、そんな大金はない。48万アフガニーなら払えるが、と返事をしている。それが将軍の説明だった。「要求額の百分の一だ。適切な額だろう。誘拐事件の交渉では妥協しないのが鉄則だ。なめられるし、簡単に払うと何回も誘拐される恐れがある」。
 突然、電話が鳴った。犯人からだ。全員がすばやく持ち場につく。将軍も急いで自分の席に戻った。
「身代金を半額にしてやる。だからすぐ用意しろ」スピーカー機能を通して犯人側の男の声が部屋中に響く。
「残念だがまだ高すぎる。まず、人質が生きている証拠を見せてくれないか。ヒロトを電話に出してほしい」
 誘拐犯を怒らせてはならない。交渉役が丁寧な言葉を使い、説得を繰り返す。だが途中で唐突に電話は切れた。交渉は時間がかかりそうだ。将軍が別れ際にぽつりと漏らした。
「ヒロトはアクバルという男を探して山奥の村に入り拉致されたようだ。アクバルって誰なんだ」

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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