タイコウサマ殺人事件 (希代 準郎)

◆「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(44)

 弥助という染織家がメキシコ市の大統領府を表敬訪問したというので、欣也はカメラマンのルイスを連れてインタビューに行った。
「奈良に住んでいるんだが、ちょっとした用事で最近はよく来るんだと」男は金銀刺繍入りの和服をひけらかす様にしながらカメラに向かって媚びを売った。「近く、すばらしい作品をお見せしますよ」
 翌日、警察本部に詰めていたルイスから緊急の連絡が入った。アカプルコに近い海岸で3人の男の他殺体が発見され、日本人らしいという。フライトなら1時間ちょっとの距離だ。
 現場はパトカーも乗りつけ人だかりがしていた。仕切っているのは、ソーニャという厚みのある体をした若い女刑事だった。被害者は最近、ここらでよく見かけた男たちで、ケンカか何かだろうと説明してくれる。
「変だな、3人とも指が紫色に染まっているぞ」ビニールの下の死体をこっそり覗き込んでいたルイスが振り返った。
「ええ、右手の親指ね。それが3人の仕事みたいだわ」
 ソーニャ刑事が乱れた髪を気にしながら唇を歪める。納得顔のルイスが海を見やった。入り江のあちこちで大きな波が岩にぶつかり、白いベールを幾重にも垂らしている。目を凝らすと何人かの男たちが岩場にへばりついている。木のヘラで岩から小さな巻貝をはがすと、右手に持ち親指で口をキュッと押す。驚いた貝は乳白色の分泌液をジワッと吐き出す。それを左腕に巻いた絹糸の束にすばやくサッと塗りつける。キュッ、ジワッ、サッサ、と何度も繰り返す。陽光を浴びて、糸は黄色から緑、そして目の覚めるような紫へと変わる。
「欣也、ヒメサラレイシという貝のパープル腺を利用した貝紫染めだよ。フェニキア人が始めたらしい」ルイスの説明にソーニャもうなずく。
「なるほど、それで、親指が紫に。でも、なぜ、日本人が?」

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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