「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(52)
遺影がぎこちなく微笑んでいる。威嚇するような太い眉に大きな鼻と口。今では絶滅危惧種の強面の事件記者だったが、細い目は丸くてやさしかった。死因は心不全。心臓が悪いなんて、福さん、一言もいってくれなかったじゃないか。
「まあ、結城さん。兄のために来てくださったのね」
すっかり貫禄のついた喪服姿の有里ちゃんが鼻をすすりながら頭を下げる。あの事件の時はまだ女子大生だったなあ。私は入社5年目、地方支局から上がってきたばかり。キシャ(汽車)以前のトロッコ記者で警視庁を担当していた。庁舎9階にある記者クラブのタコ部屋に詰める毎日だったが、キャップの福さんは、そりゃあ厳しかった。
「二日酔い?朝、起きたらかつ丼でもかっくらっとけば胃がしゃんとするぞ」
「夜回りはな、雨が降ろうが槍が降ろうが毎晩だ。忘れるな」
福さん自身、世話になった刑事の親御さんの命日には墓参りを欠かさなかったし、夫人の誕生日には必ず「これ奥さんに」とプレゼントを贈っていた。
取材のすさまじさは忘れられない。
ある大企業の不正事件を追っていた時のことだ。カギを握る社長室長が入院してしまった。都合が悪くなると病院に駆け込むのは犯罪者の常とう手段である。どの病院か。考えてもしょうがないなら動くしかない。福さんは電話帳を傍らに置くと片っ端から電話をかけ始めた。
「親戚の者ですが、お宅の病院にいると聞いたので」とカマをかけるのだが、はずればかり。ところが福さんは一向に諦める気配がない。2日目だった。
「はい、いらっしゃいますよ。特別室701です」
私がその病院に駆けつけると、入口で見舞いの花束を持った女の子が待っていた。それが有里ちゃんだった。
「兄に言われたの。社長室長のお嬢さんという設定だって」