「インパール」遠くにありてなお

 東京の木村理事長からしわがれた声で連絡が入った。例の件よろしくと念を押された。オンラインにも限界がある。コロナ禍の長期化に備え、交通の便がよく遠くから通学が可能な新校舎をヤンゴンに開校したい。だから建物を探してくれと頼まれていた。そして訪問先の女性に宛てた封書を差し出されたのだった。
 現地では外国人への警戒心が強い。コロナ禍ではなおさらだ。応対に出てきた女主人は案の定、無愛想だった。しかし、手紙を読むと態度が変わった。
「私の祖父は日本人、インパール作戦の生き残り」と意外なことを打ち明ける。
「名前は?」
「もう亡くなったけど、タナカという名前。ビシェンブールで足を撃たれマラリアで倒れた。古い家の裏山で死にそうになっているのを祖母が看病したそうです」
「それで結婚したのね。無茶な作戦で、大変な犠牲が出たのよ」雪乃は女主人にタナカの面影を探した。
「キムラさんはタナカのジョウカン」
「上官?」
「そう、目上の偉い人。何度もお墓参りに来てくれました。キムラさんの頼みなら引き受けましょう、隣接地が空いているから学校を建ててください」
 そう言えば日本で木村に会った時、戦争でアジアに行ったとポツリ漏らしていた。敗残兵は戦闘が終わっても飢えやケガ、病気に苦しみ、山野をさまよったという。この地で戦友を失い、いま新たに交流の種をまこうとしている木村。
 インパールは遥か彼方。西の空は雨でも降っているのか、黒くて厚い雲に覆われたままだった。   (完)

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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