医師がミャンマーで農業指導に取り組む切実な理由

ミャンマーの僻地・無医村「ミャウンミャ」から

「なぜ、名知さんは医師なのに農業をしているのですか?」よく、こんな質問を受けます。答えはシンプルで「医療だけでは人の命は救えないから」です。2002年にはじめて国際医療に従事したとき、私は医療の絶対的な力を信じていました。しかし程なくしてその信念は打ち砕かれ、自分の力がいかに小さなものかを痛感しました。(NPO法人ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会「MFCG」代表理事・医師・気功師・名知仁子)

このカレン族女性は名知さんの農業支援によって知識と技術を身につけ、有機野菜農園を運営し自活できるようになった(写真:名知仁子)
Satoko Nachi

名知 仁子

名知仁子(なち・さとこ) 新潟県出身。1988年、獨協医科大学卒業。「国境なき医師団」でミャンマー・カレン族やロヒンギャ族に対する医療支援、外務省ODA団体「Japan Platform」ではイラク戦争で難民となったクルド人への難民緊急援助などを行う。2008年にMFCGの前身となる任意団体「ミャンマー クリニック菜園開設基金」を設立。15年ミャンマーに移住。

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