
記事のポイント
- トランプ政権発足後、芸術文化活動にも制約がかかっている
- そうしたなか、米ロサンゼルスのゲティ・センターは、クィアの写真展を開催
- キュレーター氏は「政治的揺り戻しが起きている今こそ、アートはより重要だ」と語る
トランプ政権発足後、政府系文化機関ではLGBTQ関連のプログラム中止や資金停止が相次ぎ、芸術文化活動にも制約がかかっている。そうしたなか、米ロサンゼルスのゲティ・センターは、クィア(性的指向や性自認が伝統的な枠組みに当てはまらない人々)の写真展を開催し、注目を集めている。キュレーターのポール・マルティノー氏は「政治的揺り戻しが起きている今こそ、アートの役割はより重要だ」と語る。(在外ジャーナリスト協会・寺町幸枝)
新政権の下、全米で通称「ICE(アイス)」と呼ばれる米国移民・関税執行局の職員は、国家安全保障と公共の安全を守る名目で、違法移民の取り締まりを強化している。特にロサンゼルス・ダウンタウンでは、6月初旬に大規模なデモ隊とロサンゼルス警察が衝突し、大混乱となった。
市内では、子どもたちが集まる大きな市民公園の近くにある州政府事務所の入り口にも、自動小銃で完全武装した軍人が複数、道路沿いに24時間体制で立っており、日常生活の場でも緊迫した光景が散見される。また、日系人が集まるリトル東京では、ICEの職員がたびたび訪れるため、街に人が寄りつかなくなったと、ビジネスオーナーたちは嘆いている。
■多様性への取り組みが後退する中での開催
ゲティ・センターでは、写真を通じてクィアの歴史をたどる「クィア・レンズ」展を開催している。トランプ氏の大統領再任により、多様性や公平性、包摂性(DEI)への取り組みが全米で後退する中、同展はその意義を再認識させる試みとして注目されている。
連邦レベルでは、LGBTQに関するプログラムの中止や資金停止などが進み、特に政府系文化機関の活動が制約を受け始めている。
アート情報サイト「artnet」によると、ワシントンD.C.のケネディ・センターではトランプ大統領の指名による新議長の就任後、6月のプライド月間の関連イベントが複数中止された。美術館の展示やアーティスト支援、国際交流にも影を落としかねない状況だ。 そんな中でゲティ・センターがこの企画展を実現できたのは、私立財団である同館が財政的に政府の影響を受けにくい立場にあるからだ。
■「社会の進歩は常に前進と後退を繰り返す」
本展を企画したキュレーターのポール・マルティノー氏は、オルタナの取材に対し「展覧会に対する反応は非常に好意的だ。若く多様な来場者が多く、新しい層を惹きつけ、展示ラベルや解説文も熱心に読まれている」と語る。
企画にあたっては、まずクィアの歴史年表を作成し、写真家や重要人物、出来事をリストアップ。6年かけて2,000点以上の画像を収集・検討し、最終的に275点を展示した。
マルティノー氏は「少しずつ選び抜いていく過程で、展覧会の形が見えてきた」と言う。そのうち約100点がゲティ・センターの所蔵品で、その半数以上が近年新たに加えられた作品だという。
「この展覧会は、困難な時代における多様性とレジリエンス(回復力)に焦点を当てている。社会の進歩は常に直線的とは限らず、前進と後退を繰り返す。その現実を示すことに意味がある」(マルティノー氏)
SNSやウェブを通じてもそのメッセージは広がっており、来場者の枠を超えて反響を呼んでいるという。マルティノー氏は「政治的揺り戻しが起きている今こそ、私設文化機関の果たす役割はより重要になる」と強調する。
アートを通じて語られる「多様性の試練」は、現在の米社会が直面する課題そのものである。そしてそれに対する応答が、ここゲティ・センターから発信されている。
