記事のポイント
- 2025年は観測史上、最も暑い夏となり、豪雨とともに今後の「標準リスク」になった
- 企業にとって気候変動への適応は、事業継続と企業価値を守る前提条件となった
- 適応のためのサプライチェーンを含めた広範な行動が今、求められている
2025年は、群馬県伊勢崎市で史上最高気温41.8℃を観測するなど、日本で最も暑い夏となった。酷暑に加え豪雨も当たり前となり、企業にとっては今後の「標準リスク」になった。気候変動適応法では、企業の適応は「努力義務」となっているが、もはや、事業の継続と企業価値を守る上で必然の前提条件となっている。サプライチェーンも含めた広範な適応行動が今、求められている。(サステナブル経営アドバイザー・足立直樹)

9月に入っても暑い日が続きますが、ようやく酷暑から「普通の暑さ」になりました。
京都では最高気温が35℃以上の猛暑日と夜間の最低気温が25℃以上の熱帯夜の日数がともに60日に達し、大谷翔平選手も真っ青の「60-60」という日本記録を樹立しましたが、最近は最高気温が30℃前後となり、夜は少し涼しくなりました。
それにしても、本当に暑い夏でした。2025年9月5日に気象庁が発表した異常気象分析検討会による分析結果によると、2025年の夏(6~8月)は観測史上もっとも暑い夏は確定です。
全国の平均気温は平年(1991~2020年)を+2.36℃上回り、1898年の統計開始以来、最高を記録しています。2023年や2024年も+1.76℃と十分に異常でしたが、今年はまったく別の次元に入ったと言ってよいでしょう。
「ティッピングポイントを超えたのではないか」という不安も頭をよぎります。ティッピングポイントとは、それまでの小さな変化の蓄積が突然の劇的な変化を引き起こすポイント、転換点、臨界点を言います。
もっとも、気温の「ティッピングポイント」に明確な基準はなく、今のところ世界全体の平均気温は昨年とほぼ同じ水準にとどまっています。しかし、日本だけが突出して暑かったという事実は、やはり重く受け止めるべきです。
これまで科学者たちは「2030年までに世界の平均気温が1.5℃を超える可能性が高い」と警告してきました。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)では、「1.5℃目標」を守るには、2030年までに温室効果ガス排出量を2010年比で45%程度削減することが必要としています。
ただし、科学は厳密な予測をできるのではなく、一定の誤差範囲があります。加えて、IPCCのシナリオも政治的配慮から保守的にならざるを得ないことに留意が必要です。さらに、これはあくまで「世界平均」の話に過ぎず、地域ごとの変化はより急激に進むことがあるのです。
これまで日本は、湿度の高さや周囲を海に囲まれているため、欧州ほど急激に気温は上がりませんでした。しかし近年は、日本近海の海面水温の上昇率(+1.33℃/100年)が世界平均(+0.62℃/100年)を大きく上回り、特に三陸沖では平年比+6℃の異常高温が続いています。その熱が逆に日本列島を温める要因となってきているのです。
さらに、豪雨の面でも変化が顕著です。日本の都市インフラは長らく「1時間に50mmの降水」を基本設計としてきました。 しかし近年は、1時間に100mmを超える豪雨が東京をはじめ各地で発生し、既存の排水能力を大きく超えて洪水や浸水が頻発しています。これは都市だけの問題ではなく、物流や工場、オフィスなど企業活動そのものに直結するリスクです。
このペースで単調に気温が上がるとは限りませんが、酷暑や豪雨が「当たり前」になることは覚悟すべきでしょう。
「この夏は私にとって最も暑い夏だけど、子どもたちにとっては最も涼しい夏になるかもしれない」。これは、熱波に襲われた欧州の市民の言葉です。胸がえぐられるような気持ちになります。
■ 緩和策だけでは足りない時代へ
そしてこの暑さと豪雨は、すでに生活や事業活動にさまざまな影響を及ぼしています。9月11日には東京でも線状降水帯による豪雨で多くの地域が被害を受けました。こうした出来事は、もはや例外ではなくこれからの標準リスクなのです。
私は先日、個人向けに「気候戦争」と題して適応策を考える記事を公開しました。「戦争」という表現は穏やかでないかもしれません。しかし実際には、これまでの常識が通用しなくなるほどの変化がすでに始まっています。そして私もびっくりしたのですが、この強い表現に反発するどころか、多くの方から賛同していただいたのです。
もちろん適応が必要なのは個人だけではありません。企業も同じです。これまで企業の気候変動対策は「緩和(排出削減)」が中心でした。それは今後も続け、いや、一層加速させなければなりません。しかし、それだけではもはや不十分です。「適応」が避けられない時代に入ったのです。
■ 気候変動適応法の「努力義務」は限界に
日本は2018年に気候変動適応法を制定し、国・自治体・企業が取り組むべき方向性を定めました。そこでは企業の適応は基本的に「努力義務」とされています。
しかし私は、この言葉自体に強い違和感を覚えます。なぜなら、備えなければ、企業として生き残れないからです。これは「努力」ではなく「必然」です。
屋外作業はもちろん、営業や配送も猛暑や豪雨に阻まれるようになるでしょう。当然、交通や物流はしばしば分断され、予定通りには動かなくなります。農産物などの原材料調達も難しくなりつつあります。
実はもう20年近く前から、私は一貫して調達リスクを警告して来ました。このままでは必ず調達が困難になるので、今から手を打つ必要がある、と。
けれど、ほとんどの企業担当者の反応は冷ややかでした。「1円安く仕入れる努力をしているのに、いつ起きるかわからないリスクのために事前に動くことなどできない」と。 今、その方々がどうしているのかは分かりませんが、もはや、時すでに遅し、です。世界的な原料の争奪戦は始まっていますし、今から対策をとり始めて成果が出るまでにはかなり時間がかかるからです。そのとき動かなかった潜在的な被害額は、かなりの金額に上るでしょう。
■企業には「行動」が問われている
このように、気候変動への「適応」は、法令遵守や投資家からの評価のためではありません。事業継続と企業価値を守るための前提条件です。備えを怠る企業は、顧客や投資家からも選ばれず、市場から自然に退場していくでしょう。
この異次元の夏は、企業に対して「適応は努力義務ではなく、生存条件だ」と突きつけています。「気候変動が経営に影響するのは遠い未来の話」ではなく、今年の夏がその現実を証明したのです。もはや仮定の話ではなく、すでに企業収益や地域経済に直結する現実となっていると言えます。
だからこそ、今必要なのは「具体的に動くこと」です。適応策は業種や立地、ビジネスモデルごとに異なり、一般論では済みません。緩和策とは違い、対応は多岐にわたります。
確かに今からでは遅きに失した部分もあります。それでも、早ければ早いほど、被害を減らせます。サプライチェーンを含めて、広範な対応をする必要があります。
自社にとって重要な適応策をしっかり見極め、実行可能な道筋を今、描きましょう。これは将来の話ではありません。事業を継続できるかどうかの瀬戸際が迫っており、気づくのはこれが最後のチャンスだということです。
※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)524(2025年9月22日発行)をオルタナ編集部にて一部編集したものです。過去の「サス経」はこちらから、執筆者の思いをまとめたnote「最初のひとしずく」はこちらからお読みいただけます。