「原発止めよう!」、九電本店前テント村の2千日

このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年4月から九州電力本社(福岡市)前で続いている「九電本店前テント村」が、今年10月10日に2000日目を迎えた。九電は、東電の福島原発事故後初めての「新規制基準」による川内原発を再稼働させたが、住民への公開説明会は開かれないままだ。テント村村長の青柳行信さん(70)に、なぜ活動を継続するのか語ってもらった。(ドイツ在住環境ジャーナリスト=川崎陽子)

「九電本店前テント村」に立つ青柳行信さん

「九電本店前テント村」に立つ青柳行信さん

「九電本店前テント村」が誕生したのは2011年4月20日だった。市民が公開説明会を開くよう申し入れたのに対し、回答がないまま期限を迎えた日だ。その日以来、市民たちが24時間体制で抗議の座り込みを始めた。1カ月後に遠方の仲間が各地の活動に戻っていった後も、地元メンバーの世話役として、許可を得て平日の昼間にテント村を設営する村長を務めている。

青柳さんは中学校の社会科教師だった。1986年、チェルノブイリ原発事故が起きた時には、「核と人間は共存できない」と、原爆や原発問題を授業で扱ったこともあった。

教師時代から座り込みの前までは、カトリック教会の「正義と平和の協議会福岡県会長」を務めていた。この間は途上国の人権問題分野を中心に、ビラを配ったり街頭でマイクを握って活動してきた。

2011年4月、ちょうど難民認定の裁判に勝ち一段落したこともあり、テント村での座り込みに参加した。それ以来、「原発のない世界で暮らしたいという意志を風化させないため」、一貫して「可視化」と「意識化」を続けている。

横断幕を張ったテント村という目に見える存在が、「可視化」である。情報を提供し原発廃止の賛同者を募りながら、引きこもりだった人や、通りがかりに病気の相談や介護のことなどを話していきたい人々が集う「ひろば」の役割も担うようになった。

「意識化」のためには、毎日届くメッセージや情報をまとめて国内外の5000人に、1日も欠かさずメールを発信してきた。テントに来れなくなった人たちも「メールのおかげで意識がテントに向いてます」と言ってくれる。

毎日メールを受け取った人の目にまず飛び込んでくるのが、「私たちの声と行動で原発・再稼働は止められます」という標語だ。青柳さんが揺るぎない意志を込めて書いてから、既に2000通目を超えた。

これまでに、原発の運転差し止めを求める住民の主張を認めた仮処分判決があった。最近の原発立地県の選挙では、鹿児島県で原発停止を求める知事、新潟県で再稼働を認めない知事が、相次いで選ばれた。

「私の標語は着実に実現している」。テント村の村長は、そう実感している。

2016年11月1日(火)18:56

alternaショップ
ページの先頭に戻る↑