ミドリガメとシカ、そして「動物愛護週間」

例えば私の少年時代(約半世紀前)、シカ(ニホンジカ)は現在に比べるとはるかに少なく、オスだけが狩猟対象だった。住んでいたのは山に囲まれた山梨県だが、かなり山付きの地域でも、シカは滅多に見ることのない生きもので、私も山梨で目撃したことはない。それでも近所の多くの家の床の間にはシカの角が飾られていたし、オス、メスの肉の味の違いなどを聞くことがあったから、密猟(誤猟?)も含め、狩られていたのだろう。

狩猟は10月から11月に解禁されていたが、その直前に設定された「動物愛護週間」は、数少ない野生動物を保護しよう、密猟や枠を超えての捕獲や殺生を抑止しよう、とのキャンペーンの趣旨もあったと記憶する。

大学進学後、私は今で言う環境NGOの一つに参加した。その活動のなかで、特別天然記念物の野生のカモシカは、秋田県の仁別の山中で観察することができた。しかし、まとまった集団が生息すると聞いていた神奈川の丹沢に足を伸ばすも、シカは目にすることができなかった。

そのシカが数年前からは、全国で100万頭以上とも推測されている。地方都市出張の折、朝の散歩時、市街地を流れる川原の草地でふと姿を見かけたこともある。

増えた結果、農作物への被害はもとより、他の生きものへの影響も大きくなった。尾瀬などでは、被害は貴重な在来植物にも及んでおり、生物多様性の危機にもつながっている。尾瀬のニホンジカ対策事業は、重要生物多様性地域対策として認定され環境省による支援対象ともなった。

2年前、四国地方のカモシカが、生息数の激減により、絶滅のおそれのある地域個体群に指定された。急激に減っている原因は、シカの増加による食物資源量の減少も大きな一因と考えられており、ここでも増えすぎたシカの問題が生物多様性を脅かすものとして顕在化している。

温暖化によって餌が増えたことや、冬を生き延びる個体が増えたことも背景にあるが、現在のシカの生息数は日本列島の歴史のなかでも最大規模ではないか、との推計もあるようだ。

環境省は、増えすぎたシカやイノシシ対策として、狩猟とジビエ利用等を通じて、駆除を経済的な活動の一環に組み込むことも目指している。そのために、ハンターの増加を目指して、「狩猟の魅力まるわかりフォーラム」を、各地で開催してきた。入場無料、事前申込み不要で、各地の大学などを会場に、女性を含め若い狩猟者を増やすべく実施されている。(今年は10月~11月に、佐賀、徳島、三重で開催予定)

農林業への被害防止のみならず、生物多様性保全との観点からも「増えすぎたシカ」は駆除対象となっている。それについては私も異論はない。

生物多様性の保全は、将来的には「駆除」によって失われる生命を最小限にしていくことにもつながり得る。ただシカの場合、捕食者となるニホンオオカミ(DNA的には世界に広く分布するハイイロオオカミと同種と考えられている)が絶滅しているという生態系の問題(それ自体、日本における生物多様性の劣化を示すものだが)もある。

このような状況のなか、増えすぎたシカの駆除や経済的利用による生息数のコントロールも、形を変えた現在の動物愛護の姿ということなのだろうか。

もとより「増えすぎた」というのは人間の視点であり、アカミミガメにもシカにも関係のないことだ。

少年時代、「アマゾンのミドリガメ」(実はミシシッピアカミミガメの子ども)がほしくて何回か「お菓子」の懸賞に応募した。学生時代、野生のシカの姿を求めて丹沢の山を歩いたこともある。

動物愛護週間にあたり、そんなことを思い出しながら、駆除される生命を少しでも減らしていきたいと切に思う。

この原稿を書きながら見ているNHKの尾瀬を紹介する番組で、シカによるニッコウキスゲの食害などを取り上げていて、今年、100頭あまり駆除したことも報じている。「動物愛護週間」の週末の朝ということは特段意識してないだろう。むしろそれゆえ、動物愛護の在り方の変化を感じた。

sakamoto_masaru

坂本 優(生きものコラムニスト/環境NGO代表)

1953年生。東京大学卒業後、味の素株式会社入社。法務・総務業務を中心に担当。カルピス株式会社(現アサヒ飲料株式会社)出向、転籍を経て、同社のアサヒグループ入り以降、同グループ各社で、法務・コンプライアンス業務等を担当。2018年12月65歳をもって退職。大学時代「動物の科学研究会」に参加。味の素在籍時、現「味の素バードサンクチュアリ」を開設する等、生きものを通した環境問題にも通じる。(2011年以降、バルディーズ研究会議長。趣味ラグビー シニアラグビーチーム「不惑倶楽部」の黄色パンツ (数え歳70代チーム)にて現役続行中)

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