脱退が日本の捕鯨にもたらす変化は大きい。南極海や北西太平洋での調査捕鯨はIWC脱退によってできなくなるので、政府は南半球での捕鯨を断念、日本の領海と排他的経済水域(EEZ)でのみ商業捕鯨を行うとした。対象はミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラの3種となる。
だが、日本の商業捕鯨の先行きは極めて不透明だ。現行の調査捕鯨では、ミンククジラなど年間計約640頭を捕獲し、副産物として鯨肉を市場で販売してきた。水産庁は「対象種が3種になるし、鯨肉の供給が大幅に減ることにはならない」としているが、これははなはだ怪しい。
北のミンククジラは南のミンククジラに比べて小さく、資源量も少ない。政府は「IWCで採択された方式で算出される捕獲枠の範囲内で行う」としており枠は限定的なものとなる。イワシクジラは国際自然保護連合(IUCN)が「絶滅の恐れがある」とする種で、大量漁獲は望み薄な上、商業捕鯨の対象とすることには環境保護団体からの批判が出るのは確実だ。
EEZ内の数は公海に比べて少ないとも言われている。ニタリクジラも体は大きいが、肉の評判は芳しくなく、イワシクジラとともに過去に大量に売れ残ったことがある。少なくとも「商業捕鯨の再開で安くおいしい鯨肉が大量に食べられるようになる」と考えるのは早計だ。
しかも日本国内の鯨肉の消費は近年、低迷しており、1人当たりの年間消費量は40グラム前後で推移している。商業捕鯨が再開されたとしても、安い鯨肉が大量に出回るとは考えられず、鯨肉人気が急に盛り上がるとも思えない。商業捕鯨の採算性は怪しく、さまざまな理由による国の補助金、つまりは税金によって支えられる捕鯨が続くというのが当面の姿だろう。
国際法上もIWCから脱退したら自由に商業捕鯨ができるという訳でもない。日本も加盟する国連海洋法条約がその第65条で「いずれの国も、海産哺乳動物の保存のために協力するものとし、特に、鯨類については、その保存、管理及び研究のために適当な国際機関を通じて活動する」と定められているからだ。
日本政府は、過去にIWCを脱退したカナダのようにIWC科学委員会へのオブザーバー参加でこの義務を果たせる、との見解だが、先住民の生存のためであるカナダの捕鯨と日本の商業捕鯨を同一視することを国際社会が認めるかどうかは不透明だ。
このように得られるものは極めて少ない反面、失われるものは大きい。IWCからの脱退が「法の支配」や「国際協調」を外交の基本路線としてきたこれまでの言動と矛盾することは明白で、自国の石炭産業保護のために地球温暖化防止のパリ協定からの脱退を表明した米国のトランプ政権になぞらえた批判も聞こえてくる。地域の漁業資源管理機関の中で、サンマやマグロなどの資源管理への協力を各国に求めてきた日本の説得力の低下を懸念する声もある。