原宿の炊き出しとフクシマの女:希代準郎

作家
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「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(28) 

 山崎慎也はようやく目的地の原宿の教会を見つけ旅の終わりにホッと息をついた。きのうの午後、ワゴン車で雪の降りしきる新潟を出発、徹夜でハンドルを握ってきた。荷台には環境保全米「ひとめぼれ」の30キロ入り袋が15個乗せてある。重いので穴ぼこにハンドルを取られそうになったこともあったが、なんとか東京までたどりついた。経費節減のため高速を使わなかったから疲労も半端ではない。
 「まあ、遠くからようきてくれたとたい」。九州弁で出迎えてくれたのはNPOの代表、小川隆介だ。体はごついが細い目がやさしい。教会前には既に百人ほどのホームレスの長い列ができている。華やかな街、原宿にこんなにもたくさんのホームレスがいることに驚いた。
 小川と知り合ったのは、東北の被災地だった。新潟地震で全国から支援を受けた山崎は、東日本が津波に襲われた時、急いで駆け付けた。ガレキの山に囲まれた避難所近くで黙々と炊き出し作業をこなす男がいた。それが小川だった。東京でホームレス支援を続けていると聞いて、米の寄付を申し出た。環境保全米って何?と小川は首をかしげた。化学肥料や農薬を減らしカエルやどじょう、メダカが住む自然環境を取り戻す。そんな田んぼでできるお米を環境保全米というんですよ、という説明に小川は目を輝かせた。
 「へえ、そげん田んぼがまだあるんやなあ」
 それから間もなくして、小川は新潟の慎也の家を訪ねてきた。夏の頃で、田んぼ近くの川に蛍が乱舞していた。小川は九州の炭鉱町の出身らしく、故郷を思い出すと喜んだ。それまでキャップをしていたのでわからなかったが、小川の左手の小指は第二関節から先がなかった。俺は川筋者やったからね、そう漏らした後、「この米ば、原宿のおっちゃんたちに食べさせてやりたか」。

 「炊き出しは毎月1回、時間差で100食ずつ4つのグループにわけて合計で400食出す。おかわり自由やから、山崎さんに寄付してもらいよったお米もあっと言う間になくなるけん」
 冬空に背中を丸めて無言で並ぶ男たちの列には言いようのない虚無と無念、悔悟が漂っている。正午前、炊き出しが始まった。開門と同時にホームレスが教会になだれ込んできた。急ぐ必要はないとマイクで説明されても、彼らは走り、テーブル席を奪い合う。飢えを癒すご飯のことしか頭にないのだ。暖かいどんぶり飯に味噌汁とおしんこ。皆、夢中でガツガツとご飯をかきこんでいる。山崎からは話しかけはしなかったが、何人かが近寄ってきて、うまいコメだね、やっぱり新潟はいいや、と話していく。
 第4グループの食事が始まったのは夕方近かった。あたりはすでに薄暗くなっている。この回は女が目立つ。おかわりする人は少ない。そんな中、ひとりの老いた女がおかわりの列に並んだ。何気なく顔を見てギクリとした。見覚えがあったからだ。髪はボサボサで、顔もあか黒いが、間違いない。「知り合いか?」。小川がささやき、人差し指を立て横に振っている。
 山崎も声をかけていいものかどうか迷った。しかし、女がテーブルに戻ったところで、後ろからそっと話しかけた。
 「あのう、福島の和子さんでしたよね」
 女は、突然、名前を呼ばれて、うろたえた。こちらを見ようともしない。こんなところにいるところは誰にも知られたくないのだろう。
 「すみません、声をかけて。でも、このまま、二度と会えなくなるかもしれない。そう思ったので」
ようやく女が顔をあげ、上目遣いにこちらを見た。
 「あのう、どなたでしたかしら」
 「新潟の山崎ですよ。福島と新潟の県境で農業をしている、ホラッ、トマトの」
女の表情がパッと生き返った。
 「まあ。その節は」と言ったものの、後の言葉が出ない。突然、涙がスーッと頬を伝った。
 原発事故で福島は様々な困難に見舞われた。政府は除染の結果、都市部は健康に影響のない放射線レベルになったと発表したが、それでも他県に引っ越した人はかなりの数にのぼった。残った人も外出は控え、子どもはできるだけ屋内で遊ばせるようになった。和子も小学生の孫とその友達を車に乗せわざわざ隣県の新潟までやってきて公園で遊ばせていた。毎週、親同士が交代でドライブしていたのだが、和子は娘が運転ができず、娘婿も忙しいので代わって運転手を買って出ていたのだ。公園の横が山崎の畑で、実っていたトマトを子どもたちに食べてもらったことから親しくなった。
 涙をふいた和子が、ようやく口を開いた。娘婿がどうしても放射能が怖いという理由で会社を辞めて一家で上京したのだという。和子はひとりで福島に残ったが、ご近所同士でも、県外に避難した人たちのことを「裏切り者」と批判し、感情的対立が生じたのだという。しばらくは我慢したものの、結局、近隣の人たちと仲違いし和子も東京へ来ざるをえなかった。しかし、福島出身というだけで差別された婿は仕事も見つからずイライラしてばかり。ついには大喧嘩になり、和子がアパートを飛び出すハメになった。東京に友達はおらず、かといって村八分状態の故郷には帰れなかった。途方に暮れ、駅や公園で寝泊まりしているというわけだった。
 正面の聖母マリア像が慈愛に満ちたまなざしをこちらに向けている。山崎は今計画しているプロジェクトの話を和子にした。東北支援の時、集まった寄付金が一部残っている。それを使って福島の人たちが安心して泊れる「ひまわりの家」を新潟に建設する計画を進めている。和子の孫たちのように、屋外で思い切り遊びたい子どものために、親子で週末や夏休みに滞在してもらおうという考えだ。
 「そうだ、今、賄いの人を募集しているんですよ。これもご縁だ。よければ、働いてみませんか」
 「いえ、そこまでしていただいては」
 「違います、和子さん。私があなたを助けるんじゃない。福島の子どもたちを一緒に支援しませんかという話ですよ」
 和子の瞳が光り、静かにうなずいた。「山崎さん、私のホームレス生活も終わりですね。だって、そこが新しいわが家にな
るんですもの」。
 その時、目の前に大盛りのご飯がドンと置かれた。小川がニコニコ笑っている。ぶっきらぼうだが、やさしい男である。(完)

作家
日常に潜む闇と、そこに開ける不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では特にNPOという新たな動きに注目、そこに関わる群像を通して、生きる意味、生と死を考える。

2019年4月5日(金)9:00

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