カルビー元社長提唱の「スマート・テロワール」とは

現在の農村の人口減少は著しく、休耕田が約100万ha、 耕作放棄地40万ha以上が未利用資源として存在している。これらの耕地が稼働すれば農産物出荷額は20兆円(馬鈴薯加工品の出荷実績を敷衍)となる。これは現状の農業出荷額約8兆円の2.5倍にあたる。

この約140万haを用いて、カルビーの馬鈴薯の契約栽培のような付加価値の高い加工品の生産にあてれば、日本経済の最大の浮上策になるのだが、現状の農政ではどんな手を講じても、期待するようなことは起こらない。自給率が低いのに、農地を農業に活用できない現状は致命的である。

こうした現状を背景に、私が農村問題に取り組む契機となった出来事が二つある。

一つは事業経営をリタイア後に立ち上げたNPO「日本で最も美しい村連合」である。これはフランスをはじめ先進欧州各国に広がっている運動である。地方の文化の再評価をつうじて、持続的な地方再生をめざそうとするもので、成功した村では人口増を生じていた。

そこで創設したNPOでは、毎年1回、欧州の「最も美しい村」の先進事例の視察会を行って、「最も美しい村」ではなぜ人口増になるかを考察する機会をつくっていた。ところが日本では「最も美しい村」に認定しても一向に人口増加は起こらない実態が明るみに出て、人口減少の根本原因の探索を始めることになった。

もう一つの契機は、私がカルビー在籍時に築いた馬鈴薯の契約栽培が思わしくない状況に陥り、その原因の探索を求められたことである。良質の原料確保は加工食品メーカーの死命にかかわる。探索を始めてしばらくして、オーストラリアの馬鈴薯栽培の情報がもたらされた。それによるとオーストラリアでは反当たり収量が7tであるという。これは日本の実情である平均反収3.5tの2倍にあたる。

2011年3月(大震災の1週間後)にオーストラリアの馬鈴薯栽培の現場を視察したことをきっかけに、他の作物についても日本と他国の実態を調べたところ、大豆や小麦など穀物では日本の反収量は先進国の半分しかないことが分かった。なぜこのような「不都合な現実」が起こるのか、私の好奇心は痛く刺激された。

この二つの契機に基づいて、2012年、解決策の提言をまとめたものがスマート・テロワールの原型になった。スマート・テロワールとは冒頭に記したように「地方都市を含む広域の農村自給圏」構想だが、もう少し具体的にいうと、その骨格は農産業に「耕畜連携」「農工一体」「地消地産」という3つの連携体制を導入し、県内で住民と生産者(農家と加工業者)が循環システムを構築することである。

自給圏を構築できれば、森林の活用・エネルギーの自給にまで積み上げることができ、農村はアルカディアになるのである。その舞台となるのが、未利用資源になっている約140万haの耕地にほかならない。

現状では、日本の農産物は、集荷組織に集められ市場に供給されて、そこから誰だかわからない消費者の元へと届けられる。そうした市場経済のシステムが農村の苦境を招き、人口の流出につながっている。スマート・テロワールでは、地域で作られた農産物を、地域内の住民の必要に供されることを第一とする。加工食品についても、現状では輸入原料に依存する大手加工食品メーカーの製品を購入する仕組みが行き渡っているが、これも地域内に食品加工場をつくることで女性の雇用を促進するとともに、「地消地産」が可能になる。

地域内の住民の消費がベースになることには大きなメリットがある。なによりも為替相場や商品相場の変動のリスクを負わない。生産者としては気象変動のリスクに絞って対策を集中できる。この形はカルビーが40年間にわたって実践してきたものだ。

私はこの提言に「スマート・テロワール」という新しい言葉を冠した。スマートとは「賢い」「無駄のない」という意味で、テロワールとは「風土や景観や栽培・加工法などの、その場所ならではの特徴をもった地域」といった意味のフランス語である。この提言に関心を持たれた京都府立大学教授の宗田好史氏からスマート・テロワール論の書籍化を勧められた。

とはいえ、馬鈴薯の世界については少々の覚えはあったが、世界的な競争の中にある農業や農村の事情に習熟しているとは言えない。

そのような時に農業界気鋭の評論家浅川芳裕氏とコーネル大学終身評議員の肩書を持つ松延洋平さんとの出会いがあり、十勝をフードバレーとする政策を掲げられていた帯広市長(当時)の米沢則寿氏らとの意見交換などから、フードバレー政策の研究をかねてコーネル大学視察旅行会を敢行した。これはその後の私の活動に大きな刺激を与えることになった。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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