書評)近代合理主義が原発事故を招いた

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オークヴィレッジ株式会社の稲本正代表取締役による緊急提言書『緑の国へ 生まれ変わる日本のシナリオ』を5月12日に発売しました。

稲本代表は日本のグリーン経営者の第一人者として有名な存在ですが、20代のころは立教大学で原子物理を研究されていました。そして、その限界を知り、森を守りながら家具をつくるお仕事に転じられたのです。

本書では、3月11日の東日本大震災を乗り越えて、本当の意味で新しく日本が出直すためのシナリオが書かれています。オルタナ編集長の森 摂が、この本に推薦文として掲載した文章を下記にご紹介いたします。

◆私たちは近代合理主義の限界を認識できるか

最初から種を明かすようで恐縮だが、この本の真髄は、なぜ私たちの生き方やビジネスの在り方、国の在り方に「サステナビリティ」(持続可能性)が必要なのか、見事に解き明かしたことにある。

地球環境の保全が叫ばれて久しいが、なぜそれが必要なのか、きちんと理解をしている人は、経営者や政府関係者、学識経験者の間でも少ないと思う。

ことは、アル・ゴア元米国副大統領が指摘するような「地球温暖化」の問題だけではない。IPCC((気候変動に関する政府間パネル)が主張するように地球が温暖化しているのか、あるいは一部の専門家が指摘するように、逆に寒冷化しているのか。いまだに結論は出ていない。

環境とCSR(企業の社会的責任)と「志」の情報誌「オルタナ」を4年間つくってきた私の結論は「『分からない』というスタンスが一番穏当である」ことだ。人類はわずか400年前まで、太陽が動いているのか、逆に地球が動いているのかすら分からなかった。

オルタナは一応、IPCCの予測に基づいた紙面づくりをしているが、実際は「分からない」というスタンスに立つほうが、さまざまな事柄が見えてくる。逆に、「私の論は絶対だ。あなたは間違っている」と言い切る自然科学の専門家ほど、怪しいと見て良い。

そして、「地球温暖化」より大事なことは「サステナビリティ」である。
国際環境NGOであるFOE(フレンド・オブ・アース)創設者のデビッド・ブラウワーの名言「死んだ地球からビジネスは生まれない」という言葉にある通り、私たちのすべての生活やビジネスは、すべて有限である化石燃料、鉱物資源、生物資源に身を委ねている。

これらが枯渇あるいは暴騰すれば、私たちの経済社会は大きな曲がり角に来ることは目に見えている。

だから、私は「サステナビリティ」が一番大事だと思ってきた。

ところが、稲本正さんは本書で、なぜ「サステナビリティ」が大事なのか、デカルトやニュートンら近代合理主義の泰斗を取り上げ、その近代合理主義の限界を指摘することで、見事にその理由を解き明かした。

――ニュートンは著作『プリンピキア』で「絶対時間・絶対空間」の概念を組み立て、「時間」は永遠の過去から永遠の未来までを確実に一刻一刻進むものであり、宇宙には始まりも終わりもない。空間は無限のかなたまで広がっている――(本書第五章)。

――こうした近代合理主義という「いささか幼稚とも言える楽観的思想が全く予測不可能な自然や宇宙を人類が支配でき、近代合理主義の範疇から外れたところにある原子力の世界までコントロールできると思ってしまったところに、福島県の原発事故がある――。

2011年3月11日、東日本大震災による福島第一原発事故が起き、この本の準備をしている同年4月末現在も、事故の帰趨は誰にも分からないという状況が続いている。

これは、甚大な国難であるとともに、私たちが近代合理主義の呪縛から解き放たれ、木の文化への回帰、太陽光や風力、バイオマスなど自然エネルギーを導入し、新たな国づくりをする最大かつ最後のチャンスになるだろう。

これを機に私たちや時の為政者が目を覚ますことができなければ、永遠にこの国は変わることはできない。

本書「緑の国へ」は、私たちの目を覚まそうとする、文字通りの啓蒙書である。これを真摯に受け止め、私たちの生活やビジネスの在り方を変えることができるか。それは一重に、人類に与えられたはずの叡智が私たちに本当にあるのかどうかに掛っている。(オルタナ編集長 森 摂)

2011年6月3日(金)23:07

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