第37回トロント国際映画祭でNETPACアジア最優秀映画賞を受賞した日本映画「希望の国」を、公開初日の10月20日に観た。
園子温監督の最新作になるこの映画は、3・11以後に数多く作られた原発ドキュメンタリーも含め、群を抜いて傑作である。
ストーリ-は単純だ。福島の原発事故から数年後、「長島県」という架空の町が大地震に襲われ、原発事故が起こる。町は「立入禁止」の線で分断された。かろうじて避難圏外とされた家で暮らしていた老夫婦は、息子夫婦に遠方への避難を命じる。
理不尽な現実に唇をかみ締めながら、両親と離れ離れになる息子。妊娠した妻はガイガーカウンターを持ち、宇宙服のような防護服を着て出歩くので、よその町でなじめない。放射能は逃げた先でも空気に乗って、どこまでも追いかけてくる。
これらは既に新聞やテレビでも繰り返し報道されてきた事実だ。しかし、それは情報であり、知識でしかない。
園監督は、同映画の公式サイトのインタビューでこう述べている。
「僕が記録したかったのは被災地の『情緒』や『情感』でした。福島に何度も行きました。そこでいろいろな町の役所の方や、避難所で生活している方たちの話を聞いたんです。そこから少しずつシナリオを書き始めていきました。今回はセリフもシーンも、なるべく想像力で書くことはやめて、取材した通りに入れようと思ったのです。勝手に書いた嘘は薄っぺらいだけですからね」
もちろん、事実をただなぞったものではない。
ドキュメンタリーでは描けず、ドラマという表現形式を存分に活かした点として、老夫婦の関係に注視してほしい。この老父の妻は認知症で、帰れる場所などどこにもないのに「ねぇ、帰ろうよ」と何度もつぶやく。それが何を象徴しているかに思いをめぐらすだけでも、この映画の凄さが理解できるはずだ。
この映画は、今年の公開に間に合わせるために緊急に製作されたという。「フクシマ」の人たちはまだ地元に帰れないままだ。しかし、報道では風化されつつある。そんな今こそ、原発に対する賛否を超えて観てほしい1本だ。(今一生)