「会社は誰のものか」。日本の経済メディアやアカデミズムでよく取り上げられる命題だが、INAX中興の祖と呼ばれる伊奈輝三氏は「会社は世の中のもの」と明快に答える。創業家に生まれながら、自社名から「伊奈」の名前を取り去った輝三氏は、いま全ての公職から退き、中部国際空港でボランティアの日々を送る。(聞き手:オルタナ編集長 森 摂)
■「この会社はすでに一族のものではない」
――以前、川本隆一・INAX社長から、こう伺いました。1985年に伊奈製陶からINAXに変えたのは、「この会社は伊奈家のものではない」という輝三さんの強い意志だったそうですね。そう思われるに至った経緯を教えていただけますか。
伊奈: 伊奈製陶株式会社が株式上場したのは昭和24年と、非常に早かった。この中京地区ではかなり早いほうだと思います。上場は私の父が社長の時にやったのですが、おそらく父はその時、「この会社はすでに個人のものではない」と考えていたのではないでしょうか。父からは経営の話をほとんど聞いたことはないのですが、そう思っています。
――そうなんですか。
伊奈:だから、父がやってきたことを見て推測をする程度なのですが、いち早く上場したということは、そのころから「家業」や「個人事業」から脱するという思いがあったに違いないと思っています。
――そういう思いが長くおありになったということでしょうか。
伊奈:そうですね。私が入社した時から、いわゆる「オーナー家」の人間だということを意識しないわけにはいかないし、今も意識しているのですが、それを十分気をつけているというか、それが変な風に出ないようにと、いつも考えていました。
――実際にその社名を変更されたのは1985年ですね。そのタイミングには何か意味があったのでしょうか。
伊奈:私は社長になる前からいろいろ考えていたことの一つなのですが、1980年に社長になった後、当社の株の買い占め事件というのが起きたこともきっかけでした。それが終息し、社名や企業理念を根本から見直そうということになったのです。株の買い占めがなければ、もう2年くらいは早かったはずなのですけどね。
■お金もヒトも社会からの預かりもの
――株式の買占めはよく世の中で起きますが、まさに「その会社は誰のものか」という命題に直結しますね。伊奈さんは、会社は誰のものだと思われますか。
伊奈:一言で言えば、世の中のものなのですよね。お金も自分の会社が持っているつもりだけれども、それは結局、世の中から預かっているお金だというふうに思いますし、人(従業員)ももちろん正にそうです。
――従業員を世の中から預かっている、ということですね。それもずっと以前からお思いになっていたことですか。
伊奈:以前から思っていたのかな。そうですね、会社は何のためにあるのかというのは随分、20代のころからずっと考えていました。
■世襲は人並み以上にやって当たり前
――伊奈さんは、世襲についてはどういうふうに思われますか。
伊奈:オーナー家の人がやっていくというのは、私は悪いことばかりではないと思うのです。要はその人物によると思うのですよね。
――なるほど、それは親のほうですか。子供のほうですか。
伊奈:子供のほうですね。マスコミ的にいえば悪いほうを強調されますが、求心力が出やすいとか、思い切った、長期的な視点で経営ができるとか、そういうメリットもあります。考え方が良くない人だったら目も当てられないですが、非常にいい人で、社員から信用されるようだったら悪いことではない。
でも、本人が異常にやる気があるのなら別だけど、そうでないのに継がせるのはまずいと思った理由は、やっぱり大変なのですよね。人以上にやって当たり前というか、そういうところがありますからね。