摘果リンゴで国際コンテスト「3つ星」銘菓をつくるマツザワ

記事のポイント


  1. マツザワの「りんご乙女」は、廃棄されていた摘果リンゴを原料に使う
  2. リンゴ栽培で発生する食品ロスの削減と、農家の収益向上に貢献する
  3. 味覚の国際コンテストで16年連続、最高位の「3つ星」を受賞した

サステナブル・セレクション 三つ星企業紹介

マツザワ(長野・下伊那郡)が製造・販売する銘菓「りんご乙女」は、栽培の過程で発生する「摘果(てきか)リンゴ」で作る。本来は捨てられる摘果リンゴを原料に活用することで食品ロス削減を図り、高値で買い取ることで農家の収益向上に貢献する。シェフやソムリエが審査する「国際優秀味覚コンテスト」では、16年連続で最高位の「3つ星」を受賞した。森本康雄取締役は「地産品の活用を追求した結果」と話す。(オルタナ副編集長・長濱慎)

摘果リンゴを使用した「りんご乙女」。生地にもすりおろしリンゴが入る

規格に合う地産品を探し求め摘果リンゴにたどり着く

――「りんご乙女」とはどのような銘菓で、どのような理由から摘果リンゴを使い始めたのでしょうか。

森本:「りんご乙女」は薄くスライスしたリンゴを生地と一緒に焼き上げた菓子で、1995年から発売しています。摘果リンゴを使いはじめたのは2011年で、それ以前は小玉の加工用リンゴを東北から仕入れていました。

せっかくなら地元・長野産のリンゴを使いたいと考えていたところ、2009年に「国際優秀味覚コンテスト」で「3つ星」を受賞しました。国際味覚審査機構(本部:ベルギー・ブリュッセル)という団体が主催し、「味のミシュランガイド」とも呼ばれる世界的に権威のある賞です。この受賞を機に、注文が急増しました。

急きょ大量のリンゴを調達する必要に迫られたのですが、問題はサイズでした。製造規格の関係で使えるリンゴは最大72ミリまでで、長野産は大き過ぎたのです。サイズをクリアできる県内リンゴがないか、農業協同組合(JA)や農家に聞き取りを行うなどしてたどり着いたのが、摘果リンゴでした。

リンゴ栽培では収穫時期の秋に大きな果実が実るよう、夏の間に間引きを行います。リンゴの成長には多くの養分が必要なため、果実が多すぎると生育不良などの悪影響が出るからです。こうして間引かれたのが摘果リンゴで、春先に着果した果実の約2/3が廃棄されます。

夏に間引く摘果リンゴは緑色
薄くスライスした摘果リンゴ。リンゴを保管する冷蔵庫の電力は屋根に設置した太陽光発電で賄う

■JA、農家と協働し国の農薬基準をクリア

――摘果リンゴを菓子に使うのは前例がなかったそうですが、どのような点に苦労しましたか。

森本: 国の農薬取締法をクリアするのが、最大の難関でした。リンゴ栽培では果実を害虫や病気から守るため、何回かに分けて農薬散布(防除)を行います。そして秋の出荷時に農薬が残留しないよう、「防除暦(ぼうじょれき)」と言って農薬を散布するタイミングが厳格に定められています。

製品として出荷されるリンゴは秋までに農薬が人体に影響ないレベルまで代謝・分解されるのですが、夏に間引く摘果リンゴには基準値以上の農薬が残ったままです。これも摘果リンゴを廃棄するしかない理由です。

摘果リンゴを使えるようにするには防除暦を見直すしかありません。しかし、長年の安全性が裏付けられた防除暦を変えるのにはリスクが伴い、病気で全滅してしまう恐れさえあります。

不可能に挑戦するようなものでしたが「もったいない、何とかしたい」という気持ちで、JAみなみ信州と農家の皆さんが協力をしてくれました。皆で繰り返しテストを行って安全性を確認し、新しい防除暦を完成させ、ついに農薬取締法の基準をクリアした摘果リンゴが実現したのです。

リンゴ農家の北沢章さん
農家から直接持ち込まれた摘果リンゴ

――JAやリンゴ生産者である農家との連携がなければ、摘果リンゴの使用は実現しなかったわけですね。

森本:現在は県内約50件の農家から、摘果リンゴを購入しています。農家で選果作業を行い直接マツザワに持ち込んでもらうなど、作業工程や輸送面を工夫することで1kgあたり70円での買い上げ価格を実現しました。これは、加工用リンゴの市場価格の2倍から3倍に相当します。

初年度の2011年は2500ケースで約25トン、最も多い年で100トン近くを買い上げました。これまで夏季は収入がほとんどなかった農家の収益向上につながり「棄てていたものに価値が付いたことが嬉しい」という声も上がっています。

「りんご乙女」の取り組みはJAグループの「日本農業新聞」やさまざまなメディアで紹介され、農林水産省が主催する「食品産業もったいない大賞」(第5回・2018年)も受賞しました。廃棄される食材の活用に対する社会からの理解は、着実に高まっています。

新商品も開発し摘果リンゴのさらなる活用へ

――農薬の問題はクリアしましたが、廃棄されていたリンゴを使うことで「りんご乙女」の評判が下がることはなかったのでしょうか。

森本:それがなかったのです。先に述べたベルギーの味覚コンテストでは摘果リンゴに切り替えた2011年以降も「3つ星」が続き、24年で16年連続受賞となりました。審査は毎年異なるシェフやソムリエが世界じゅうから選抜され、目隠し方式で行います。第三者の厳しい目で味覚と品質が証明されたのは、一つの自信につながりました。

「りんご乙女」の生地に使う小麦粉も海外産から長野産に切り替え、砂糖や鶏卵などの主要な原材料はすべて国産品で賄っています。小麦を切り替えた直後に、ウクライナ戦争による小麦不足や価格高騰が起きました。安定生産・安定供給のためにも、国内での原材料調達が重要と認識させられました。

――摘果リンゴや地産原料の活用が、新しい価値を生み出していますね。

森本:2023年に新商品のアップルパイを発売しました。こちらには「りんご乙女」には使えない72ミリを超える摘果リンゴを使用しています。こうして商品のバリエーションを増やすことで、地域の食品ロス解消や一次産業の振興に少しでも貢献できればと思います。

土産(みやげ)は「土から産まれる」と書きます。マツザワは1959年の創業以来、土産品の総合企業として商品の企画から流通、販売までを一貫して行なってきました。これからも土地の産物を活かして、地域の活性化や連帯感を強めていけると良いですね。

※マツザワの「りんご乙女」は、オルタナとサステナ経営協会が共催する「サステナブル・セレクション2023」の三つ星に選ばれました。「サステナブル・セレクション2024」の応募は、4月1日から受け付けます。

S.Nagahama

長濱 慎(オルタナ副編集長)

都市ガス業界のPR誌で約10年、メイン記者として活動。2022年オルタナ編集部に。環境、エネルギー、人権、SDGsなど、取材ジャンルを広げてサステナブルな社会の実現に向けた情報発信を行う。プライベートでは日本の刑事司法に関心を持ち、冤罪事件の支援活動に取り組む。

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