脱炭素や人口減、社会課題を事業機会に変えるには

記事のポイント


  1. 社会課題は自社にとってリスクでもあるが、「事業機会」でもある
  2. 事業機会ととらえるには、マテリアリティ(重要課題)の特定が重要だ
  3. 自社のパーパスや経営戦略や事業活動との関連付けが欠かせない

気候変動、生物多様性の毀損、エネルギー危機、社会インフラ老朽化、医療・介護、人権など様々な社会課題は、企業にとって自社の事業を脅かすリスクとなり得ますが、同時に新たな「事業機会」にもなり得ます。企業が持続的に企業価値を向上するには、まず、自社の価値観(パーパス、企業理念等)に基づき、社会課題起点で経営課題におけるマテリアリティ(重要課題)を特定することが重要です。その後、長期ビジョンや経営戦略に落とし込み、事業活動を通して解決・実現していきます。(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家=遠藤 直見)

企業が、マテリアリティの解決・実現を通じて、長期的に社会に価値を提供し、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を図ることは、企業の存在意義の根幹にも関わる重要な経営判断です。

一言で表すと、「マテリアリティと経営戦略や事業活動との連動」が求められます。マテリアリティを経営戦略の中核に組み込み、自らの事業活動を通して解決・実現していくことを指します。

マテリアリティを経営戦略や事業活動と関連付けて開示しているか

現在、多くの企業がマテリアリティを特定し、そのプロセスと共に統合報告書などで開示しています。しかしながら、マテリアリティと経営戦略や事業活動との関連性についてきちんと説明できている企業はあまり多くはない様に思います。

6月5日に公表された宝印刷D&IR研究所の調査報告によると、統合報告書に何らかの形でマテリアリティを開示している企業は、発行企業全体(1,019社) の86.6%に及んでいます。

この内、TOPIX100構成銘柄85社に絞り、マテリアリティと経営戦略や事業活動との関連性について調査したところ、「マテリアリティの推進を中期経営計画の施策遂行と関連付けた説明や、事業部レベルで活動計画を推進している旨の説明をすることで、マテリアリティの実効性を訴求しているケースは調査対象全体の30.6%にあたる26社で確認できた」とのことです。

この結果をどのように解釈すべきでしょうか。

厳しい見方をすれば、TOPIX100構成銘柄という日本を代表する企業であっても、マテリアリティと経営戦略や事業活動との関連性について実効性が確認できる開示をしている企業は僅か3割に過ぎない、という見方もできます。

マテリアリティが経営戦略の中核に組み込まれ、自らの事業活動を通して解決・実現していくべきものであるとすれば、マテリアリティを中期経営計画や成長事業と明確に関連付けて開示することが肝要です。

NEC・キリン・NTTから、「マテリアリティ」と経営戦略の紐づけを学ぶ

① NEC
NECは、2023年9月に発行した「統合レポート2023」で、マテリアリティを自社の主要な成長事業と明確に関連づけて開示しています。

同社は、2021年5月に公表した「2025中期経営計画」において、企業と社会のサステナブルな成長を支える非財務(ESG/将来財務)基盤の強化に向けて取り組む重要な経営課題をマテリアリティとして特定しました。

持続的な企業価値向上のためには、リスク低減と成長・機会創出の両面で統合的にESGに取り組むことが重要です。この姿勢をより明確に示すため、2023年度には従来のマテリアリティを、リスク低減を主目的とする「基盤マテリアリティ」と位置づけました。「気候変動(脱炭素)を核とした環境課題への対応」「ICTの可能性を最大限に広げるセキュリティ」など7つです。

その上で、「2025中期経営計画」に示す成長事業(次の柱となる成長事業含む)が解決・実現を目指す重要な経営課題を、成長・機会の創出を主目的とする「成長マテリアリティ」として特定しました。「行政・金融のデジタル化によるWell-beingな社会を実現」「人にも環境にもストレスなくつながる社会の実現」など5つです。

「統合レポート2023」では、これら5つの成長マテリアリティと「2025中期経営計画」に示されている5つの成長事業を一対一で関連付けています。

成長マテリアリティの目標と進捗は、「2025中期経営計画」の成長事業の目標と進捗と同一です。 基盤マテリアリティの目標と進捗は、コーポレートスタッフなどが主管し、サステナビリティレポート(2023年度からはESGデータブック)に掲載されています。

② キリン
キリンHDは、2024年5月に発行した「統合レポート2024」で、「持続的成長のための経営諸課題」(キリングループのマテリアリティ)とキリングループの事業活動や施策との関連性について記載しています。

同社は、2019年から2027年の9年間を対象とする長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027(KV2027)」において、「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業となる」ことを目指しています(CSV:Creating Shared Value、共通価値の創造)。

KV2027の長期非財務目標として「CSVパーパス」があります。「CSVパーパス」は、持続的成長のための経営諸課題を踏まえ、「酒類メーカーとしての責任」「健康」「コミュニティ」「環境」という4つの分野別に、今日の社会においてキリングループに期待される役割・存在意義としての指針をまとめたものです。

「統合レポート2024」では、本指針の実現に向けたキリングループの各会社・部門の取組が、成果指標や目標値及び実績と共に一覧表で詳細に示されています。

例えば、「健康」分野での「免疫機能の維持支援/生活習慣病の予防支援」という経営諸課題については、キリンビバレッジ社が健康領域の商品の開発・育成及び拡大を通して、社会価値創出(消費者の健康維持への貢献)と共に、経済価値創出(商品の売上高比率の向上)にも取り組んでいることが分かります。

③ NTT
NTTは、2023年9月に発行した「統合報告書2023」で、「サステナビリティ重要課題」(NTTグループのマテリアリティ)と「新中期経営戦略」(2023年5月公表)の各要素との関連性やポイントを分かり易く説明しています。

同社は、企業としての成長と社会課題の解決を同時実現する経営の礎となる「NTTグループサステナビリティ憲章」を2021年に制定しました。同憲章に示されている30個のアクティビティから抽出した16個のサステナビリティ重要課題を、「気候変動」「人的資本」「新たな価値創造」「レジリエンス」の4項目で括り、「新中期経営戦略」で示される成長事業や施策と関連付けています。

例えば、「新たな価値創造」におけるサステナビリティ重要課題(B2B2Xモデルの推進、地方社会・経済の活性化への貢献)が、「新中期経営戦略」の収益の柱として多額の投資が見込まれる成長事業(パーソナルビジネスの強化、社会・産業のDX/データ利活用の強化、循環型ビジネスの創造など)と密接に関連していることが示されています。

中期経営計画をマテリアリティ解決・実現のための実行戦略と位置付けよう

NEC、キリン、NTTの事例では、マテリアリティと経営戦略や成長事業等との関連性が、統合報告書では分かり易く示されていますが、中期経営計画では両者の関連性が必ずしも明確には示されていません。

今後、日本企業におけるサステナビリティ経営のレベルを一段階向上させるためには、中期経営計画をマテリアリティ解決・実現のための実行戦略として位置付けるなど、マテリアリティを経営戦略や事業活動と連動させることが重要です。

さらに、自社の価値観(パーパス、企業理念等)に基づく長期ビジョンの達成に繋げるためのマイルストーンとして中期経営計画を位置付けることも必要です。

中期経営計画において、マテリアリティの解決・実現に向けた成長事業や施策がしっかりと描かれ、統合報告書において、その価値創造プロセス及び成果(アウトカム/インパクト)がストーリーとして分かり易く描かれる。

企業は、この様なストーリーを基に、株主・投資家を始めとする幅広いステークホルダーとの建設的な対話・エンゲージメントに積極的に取り組むことが求められます。

この様な取組のサイクルを継続的に回すことが、自社のサステナビリティ経営の改善・改革に繋がり、持続的な社会の発展と中長期的な企業価値の向上に繋がっていきます。

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

東北大学理学部数学科卒。NECでソフトウェア開発、品質企画・推進部門を経て、CSR/サステナビリティ推進業務全般を担当。国際社会経済研究所(NECのシンクタンク系グループ企業)の主幹研究員としてサステナビリティ経営の調査・研究に従事。現在はフリーランスのサステナビリティ経営研究家として「日本企業の持続可能な経営のあるべき姿」についての調査・研究に従事。オルタナ編集委員

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キーワード: #サステナビリティ

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