米国の「DEI」は死んでいなかった: 上場企業の8割が再構築

記事のポイント


  1. 米民間調査会社が、米上場企業の最新の年次報告書を分析した
  2. トランプ政権下で、多くの米上場企業では「DEI」関連の開示が後退した
  3. しかし「DEI」を放棄したのではなく、8割の企業はガバナンスに統合した

米民間調査会社のコンファレンスボードは8月4日、米上場企業の最新年次報告書の分析結果を公表した。それによると、トランプ政権下で、多様性・公正性・包摂性を示す「DEI」への圧力が高まる中、「DEI」の略語使用は前年から68%減少し、DEI関連の開示も後退した。しかし、DEIを放棄したのではなく、約8割の企業は、取締役会(ボードコミッティ)でDEIを監督し、再構築している。(オルタナ輪番編集長=北村佳代子、編集協力=植松美海)

米上場企業の8割が「DEI」をガバナンスに統合している

米民間調査会社コンファレンスボードは、2025年7月14日時点でのS&P100、S&P500、ラッセル3000の企業の年次報告書などの開示資料をもとに、報告書をまとめた。2024年と2025年の両方の年次で開示した企業に限定した。

「DEI」とは、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公正性)、インクルージョン(包摂性)の頭文字を取ったものだ。

報告書によると、S&P100企業の53%が2025年の主要な開示書類の中で、「DEI」に関する情報発信を調整した。

しかし、「このような開示の変化は、企業が DEI を放棄していることを意味するものではない」と、報告書の共著者であるコンファレンスボードのアンドリュー・ジョーンズ主任研究員はコメントする。 「DEIへのコミットメントについてはむしろ、外部への露出を減らしつつ、慎重かつ確実に、ガバナンスや人的資本の経営管理の中に組み込んでいる。企業経営者は今後、法的防御力と、ステークホルダーからの期待、そして長期的な事業優先事項とのバランスを取る必要がある」(ジョーンズ主任研究員)

■米企業のDEI開示は確かに後退した

調査結果によると、DEIの伝え方やメッセージ、用語などを調整した企業は、S&P100企業の53%に上る。

S&P500企業の年次報告書の中で、「DEI」という略語が使用された回数は、2024年から68%減少した。「人種」は58%減、「性別」は35%減、「多様性」は33%減少した。

また企業、DEI関連指標や目標を削減した企業も21%あり、情報開示の透明性が低下した。例えば、賃金格差に関する開示は、S&P100企業の30%が、前年から開示スコープを縮小した。また「エクイティ」という用語を使用しなかった企業は33%となった。

近年、米企業の中で、役員報酬にDEI指標を連動させる動きが進んできたが、年次報告書に、役員報酬とDEI関連指標が連動していることを報告した企業の比率は、2024年の68%から、2025年は35%に急減した。ラッセル3000企業でも42%から19%と大幅に減少した。

従業員や取締役会の多様性に関する開示も減った。S&P500全体では、女性役員比率を開示している割合が16%減少し、女性従業員比率を開示する企業も14%減った。

■企業は「DEI」をめぐって板挟みに

米国では、2023年に最高裁が大学入試におけるアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)に違憲判決を出して以来、企業によるDEIプログラムの縮小が見られるようになってきた。

2024年の大統領選でトランプ氏が再選されると、マクドナルドやメタ、複数の銀行が、先手を打ってDEIの方針を調整した。

そして2025年1月にトランプ政権が発足すると、民間企業のDEIを標的とする大統領令が出さ、ターゲット社やブラックロック社、法律事務所などでもDEI目標を撤廃する動きが見られた。こうした「反DEI」と受け取れる動きは、今も続く。

参考記事:アップルやコカ: トランプ「反DEI」に屈しない企業たち

このような中で2025年の株主総会シーズンには、反DEIの株主提案も増えた。しかし、反DEIの株主提案は株主総会では相次いで否決され、それも圧倒的多数で否決された例が多かった。

株主提案に対する各企業の取締役会の姿勢を見ても、「DEIはビジネスにとって不可欠」と明確に記載して「反対」表明した企業も多い。

参考記事:米企業に出された「反DEI」提案、株主総会での否決相次ぐ

ダートマス大学経営大学院で多様性を専門とするソニア・ミシュラ准教授は、「長期的なレピュテーションへの影響を考慮すると、株主や従業員などの一般の人たち向けには、DEIがビジネスにとって重要だと示す必要がある」と話す。連邦政府の圧力と、ステークホルダーからの期待との板挟みにあっているのだ。

■DEIをガバナンスに統合し法的防御力を高める
■国際的なサステナビリティ開示基準からの乖離も

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北村(宮子)佳代子(オルタナ輪番編集長)

北村(宮子)佳代子(オルタナ輪番編集長)

オルタナ輪番編集長。アヴニール・ワークス株式会社代表取締役。伊藤忠商事、IIJ、ソニー、ソニーフィナンシャルで、主としてIR・広報を経験後、独立。上場企業のアニュアルレポートや統合報告書などで数多くのトップインタビューを執筆。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。2023年からオルタナ編集部、2024年1月からオルタナ副編集長。

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