記事のポイント
- 女性が抱える課題を広告の力で解決に導く作品がある
- 世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」でも高く評価された
- 暴力や紛争の解決に広告は何ができるのか
世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」では、社会の現実に深く結びつき、暮らしの中に入り込むような表現が数多く登場した。なかでも注目されたのは、女性が抱える課題に対して、共感や仕組み、テクノロジーを通じて実効性のある変化を生み出した作品たちだ。今回は、暴力の危険と隣り合わせで生きる女性、そして戦禍に追われた女性に手を差し伸べた2つのプロジェクトを紹介する。(サステナビリティプランナー=伊藤 恵)
■リアルタイムで守る盾「HER DOME」

ブラジルでは、15時間ごとに女性が殺害され、9分ごとに保護命令が破られている。法的な制度があっても機能しない現実に対し、サンパウロ州政府が打ち出したのが、「HER DOME(ハードーム)」という統合的な安全システムだ。
この仕組みは、被害者のスマートフォンと、加害者の足首に装着されたGPSブレスレット、そして警察や裁判所などの公共データベースをリアルタイムで連携させるものだ。
女性がアプリを起動するだけで、加害者が安全圏に侵入した際には、警察が即座に対応に動く。「HER DOME」は、保護の自動化によって精神的な負担も軽減し、女性が常に警戒しなくてはならない状況から解放する。
パニックボタンも通報も必要ない。目立たず作動し、彼女たちの尊厳を守る。成果は数字にも現れている。
接近禁止命令違反の報告件数が17.7%増え、接近警報は4657件に、再犯はゼロになった。「HER DOME」は、「守る」という言葉にテクノロジーと共感を与え、暴力の循環を断ち切る新たな標準を提示した。
■レシピを通じて人生を再建する「RECIPE FOR CHANGE」

レバノンの紛争により、何百万人もの生活が崩壊した。食卓も、家庭も、母親たちの仕事も失われる中で、Puck(パック)が立ち上げたのが「RECIPE FOR CHANGE(レシピ・フォー・チェンジ)」だ。
彼女たちの財産として残されたのは、家族のレシピ。その無形資産を知的財産として扱い、世界各国のレバノン料理店にライセンス提供することで、収入へと変えた。
料理の売上高の50%は女性たちに分配され、一人あたりの平均収入はレバノンの小規模企業3年分に相当する額に達した。この取り組みでは、レシピ提供者の物語をQRコード付きの特製プレートで伝え、消費者に料理を通じて支援と共感を届けることができた。
96店舗で12万食以上が提供され、レストランの来店者数や利益も大幅に増加した。物流が断たれた戦時下においても、文化とテクノロジーを結びつけ、食を通じて新たな経済と関係性を築く。「RECIPE FOR CHANGE」は、支援と商業を両立させたエコシステムとして機能した。
「HER DOME」も「RECIPE FOR CHANGE」も、メッセージを発するだけのプロジェクトではない。社会課題の中に入り込み、制度や経済の構造そのものを女性の手に取り戻す仕組みをつくった。
「HER DOME」は、既存のデータと法制度を再構築し、暴力を未然に防ぐリアルタイムの盾をつくった。「RECIPE FOR CHANGE」は、文化的資産を経済的価値へ転換し、失われた暮らしに持続可能な再建の道を切り開いた。
カンヌライオンズが示したのは、語ることを超えて動かす広告のあり方である。課題の本質に根ざしたアクションこそが、共感を超えた変化を生み出す鍵になっている。