21世紀の日本は、すでに「沈黙の春」の世界

「沈黙の春」がそこに

私は60 年ほど前、富山市郊外で育っている。そのころ富山の自然は豊か、夏には蛍が、秋にはうるさいほど赤トンボ、田圃にはタニシ、ヒルなどが沢山、小川のくぼみに手を入れるとフナが跳ね、メダカも小川で群れなしていた。

富山市郊外の大学にいたる田園風景は写真のように広々、素晴らしかった。遠方に立山連峰、大学キャンパスには時折、日本カモシカが来るほどだった。

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大学キャンパスに現れた日本カモシカ(2002年、撮影・上坂博亨さん)
大学キャンパスに現れた日本カモシカ(2002年、撮影・上坂博亨さん)

このように淡々と語れば、富山は自然豊かと思われよう。だがそれは間違いだった。ある時、私は妙なことに気が付いた。田園地帯が余りにも静か、音がほとんど聞こえず、動くものがない、鳥もいない、蝶が飛ばない、蚊すらほとんどいない。

子供のころ、頭に止まってうるさいほどだった赤トンボもいない。そして空に「トンビが飛ばない」ことに気がづいた。「トンビが飛ばない」ということは、食物連鎖の頂点であるトンビの餌、小動物がいないということ、小動物がいないのは彼らが食べるミミズ、虫などがいないから。

この発見は私にとって衝撃的だった。考えられる理由はただ一つ、田畑に撒かれる農薬、合成化学物質が自然、生態系を徹底的に破壊したからである。

私は富山国際大学で環境政策という講義をしていた。そこで学生たちに聞いてみた、すると親たちがトンビはいなくなった、でも呉羽山にはまだいる、と話したそうである。

呉羽丘陵とは富山平野を南北に区切る地帯である。それを境として佐々成政、西が前田利家の勢力圏があった。その風土は今も残っている。地方とはそのような所、地勢は「藩」と密接に関係しており歴史は今も残る。21世紀に考えるべき重要な視点なのであろうか。

「沈黙の春」(R・カーソン、1962年)が目の前、富山にあった。「春になっても小鳥がさえずらない」、生態学者のレイチェル・カーソンの警告、大量生産された化学物質が自然界にまかれ、生態系を徹底破壊する、と彼女は訴えたのだが、当然反対者は多かった。

だが世界的な論争の末、DDTなどは消えたが彼女自身は若くしてガンで逝った、57才。当時、私は東大工学部に移ったばかり、化学工学の先生方は総じてカーソン非難、理学部出身の自然科学者の私は四面楚歌だった。今もそうだが。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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