今年も帰って来てくれた 左足の指のないコチドリ

私たちに身近な生物多様性(33)[坂本 優]

コチドリはスズメよりやや大きい程度の大きさの水鳥だ。関東地方には春になると南から飛来する渡り鳥で、秋には、台湾からインドネシアにかけての地域などに帰っていく。一部は、沖縄など日本の南部でも越冬する。

2018年5月(東京港野鳥公園)

東京で見かけるコチドリの多くは、毎年何千キロもの渡りを行っていると推測される。

私が、その片足の指が全て失われたコチドリと初めて出遭ったのは、3年程前の東京港野鳥公園だ。そのときは痛々しい姿だけが印象に残った。

翌年再び見かけたときは「生きていたんだ。」と少しほっとしながら眺めた。

昨年、みたびその姿を見たとき、急に熱いものがこみ上げてくるような感動を覚え、その姿を追い、シャッターを切った。

2017年7月(東京港野鳥公園)

「今年も帰って来てくれたんだ。」と独り言のようにつぶやくと、お隣の方も、うなずくようにこちらを振り返った。少なからぬ皆さんが気にかけていたことを知った。

改めてつぶさに観察すると、指がないのは左足で、くるぶしから下にあたる部分が失われていた。

コチドリ特有の、ジグザグに動きながら時折片足で地面をたたく、という敏捷な狩りはできないが、直線的に、時にぴょんぴょんと片足跳びを交えながら元気に動き回り、頻繁に地面をつついて採餌していた。

「ぜひまた会いたい」今年の連休は、祈るような気持ちで、それを目的に野鳥公園をおとずれた。レンジャーの方にお聞きすると、「今年もすでに飛来している」とのこと。まずは安心するも、早く元気な姿を見たい一心から、その足で昨年まで観察してきた2号観察小屋に向かった。

2時間ほど経った頃だろうか、待ちながら撮っていたデジカメの写真を整理してふと顔を上げると「彼女(先達によると多分メスとのこと)」が、ほぼ目の前にいた。

水辺の野鳥が足先の指を失ってしまうのは、捨てられたり竿から外れたりした釣り糸が足にからまることで血行が遮られ、その先が壊死して欠落したケースが多いといわれる。釣り糸は丈夫で腐らないことから、だいぶ前に廃棄された糸による被害も未だに続いていると聞く。

また、本件では該当はないと思われるが、大変残念なことに、研究のため雛に装着された足輪が原因で、成長後に足先を失う事例も、稀ながらもかつてはあったことを忘れるわけにはいかない。

この個体が、なぜ、どこで左足の指を失ったのか正確にはもちろんわからない。いずれにせよ、傷つき衰えた体力で、不自由な足を引きずりながら新たな採餌方法を体得し、生存競争の厳しい自然界を生き抜き、おそらく何千キロもの命がけの渡りを行なって来て、今そこにいる。

初めて見たときは、私にとって痛々しいという印象でしかなかった1羽の小さな野鳥が、いつの間にか、逆に私を勇気づけ励ましてくれる存在となった。

この個体に特別の僥倖を期待するものではないが、可能ならば来年も再来年も元気な姿を見せてほしいと願わずにはいられない。

 

sakamoto_masaru

坂本 優(生きものコラムニスト/環境NGO代表)

1953年生。東京大学卒業後、味の素株式会社入社。法務・総務業務を中心に担当。カルピス株式会社(現アサヒ飲料株式会社)出向、転籍を経て、同社のアサヒグループ入り以降、同グループ各社で、法務・コンプライアンス業務等を担当。2018年12月65歳をもって退職。大学時代「動物の科学研究会」に参加。味の素在籍時、現「味の素バードサンクチュアリ」を開設する等、生きものを通した環境問題にも通じる。(2011年以降、バルディーズ研究会議長。趣味ラグビー シニアラグビーチーム「不惑倶楽部」の黄色パンツ (数え歳70代チーム)にて現役続行中)

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