10月20日にキックボクシング団体「J-NETWORK」が開催する「J-KICK 2018~4th~」(東京・後楽園ホール)で、かつてうつ病を患っていた43歳のチャンピオンが防衛戦を迎える。松﨑公則(きみのり)、現J-NETWORKスーパーフライ級(52,16kg)王者。現在3連勝中で、直近の2試合はKO勝利している。接近戦で相手にプレッシャーをかけつつ、自分のペースに持ち込みパンチやヒジで攻めるサウスポーだ。彼は12年前、部屋にこもりきりの「うつ病患者」だった。(ライター・遠藤一)(敬称略)
小学校から高校までは、家庭の方針で受験など勉強ばかりの生活だった松﨑。内気な青年だったが28歳の時、以前からの夢だった途上国支援を行うNGOに転職。カンボジアでの職業訓練校作りに従事した。しかし日本と現地団体との折衝に悩み、1年ほどで退職。帰国して半年ほど「部屋でほとんど動けなかった」という。
「自分のコミュニケーション能力が低くて、うまくいかなかった。国際協力の仕事はずっと目指していたんですが、落ち込んじゃったんです」(松﨑)。数カ月はベッドとパソコンの間を往復するくらいだったが、だんだん動けるようになってきたという。
「最初は山とか温泉とかに出かけて、できるところから」身体を動かし始めた。会社員時代に少しやっていたキックボクシングをまたやってみようと思い、近所の押上にできたジム「STRUGGLE」に入会した。31歳だった。
「入会して2年くらい、アマチュアの頃は抗鬱剤など飲みながらやっていました。良くはなっていたんですけど、不安定で」と振り返る松﨑。アマチュア時代の戦績は芳しくなかったが、週1日の休み以外はほぼジムで練習、負けても地道に工夫を続けた。素直で真面目な性格が功を奏し、プロデビューすると3年で「WPMF(世界プロムエタイ連盟)」の日本スーパーフライ級王座を戴冠した。
39歳の2015年には「REBELS-MUAYTHAI」フライ級王座を獲得。翌年16年、41歳の時には同団体の一階級上、スーパーフライ級王者にもなり、二階級制覇を達成した。現在の戦績は43戦21勝(12KO)19敗3分。
「四冠王」の肩書を持つ松﨑だが、練習中以外は肩の力が抜け穏やかな雰囲気をまとっている。「今でもうつになることは、たまにはある。元々の性格っていうのも直せないし」と笑う。「でも対処法が分かるようになった。ラクに考え、つらいことが来た時は、逃げちゃう。気分が乗らない時は練習もやめて、走るだけにしています」と、自分の中の「憂鬱」と付き合いながら選手生活を続ける。
ブログのタイトルも「憂鬱なキックボクサー」だ。「以前は元うつ病というのを出したくない、恥ずかしいというのがありました。でも(外に)出したほうがラクになる。隠していると逆にぎくしゃくしちゃうし」と、特に隠さず周りにはカムアウトしている。ブログには「無職」とも書かれているが、現在の収入源はファイトマネーと週3日のジムのトレーナー。個人での整体業を開く準備中だという。
今回の防衛戦の挑戦者は、他団体の王座を9月に獲得したばかりで勢いに乗る18歳。小さい頃からアマチュアで活躍しまくってきた「格闘技エリート」だ。25歳差の強敵に松﨑は「この年になると、力んじゃうとすぐ疲れる。力が入っちゃうとどうしてもテクニックが出せない。相手も見えなくなってしまう」と力まずテクニックで勝負すると語った。
脱力しながらも、自分の戦いを貫く43歳の王者は、20日リングに向かう。