サステナブルな社会に必要となる「社史」とは

企業理念を継承する重要性

『サピエンス全史』では集団は150人を超えると、その集団を維持するのが困難になるため、架空の物語を創出することで、多数の人間を同じ目的に向かって糾合できると述べられています。そうした集団を長きにわたって結束させる「妄想」が、企業理念やパーパスなど企業活動を行う目的であり、それは専ら社会的な価値と深く結びつくものであります。企業理念に「わが社の売上・利益の最大化が、わが社の第一の目的である」といったようなものを掲げても誰も心を動かされないでしょう。

社史を編纂する過程では、企業理念や社是といった企業の存在意義を規定する概念や、企業のDNAとも言える経営判断や企業文化、すなわちその企業の価値創造にまつわるストーリーを知ることができます(全ての社史でということはありませんが)。そして、社史にそれを刻むことで、後世の従業員などのステークホルダーに伝えていくのです。従業員にとっては、多くの時間と労働力を割く自分の企業の歴史や、何を大切にしてきたのか、どんな変節があったのかを知ることは、自らの使う時間に意味を付加することでもあり、より社会に開かれた意義を見出すことにもつながることでしょう。

それを裏付けるように、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』では、長年生き残っている企業、創業300年以上で年商50億円以上のいわゆる「日本型サスティナブル企業」が分析されており、その経営を支える要素として「価値観をつなぐ」ことにあり、それに沿ったコア能力を発揮し、身の丈経営に徹することが重要と述べられています。この「価値観をつなぐ」ために最も適したものが「社史」、もっと言えば、「社史を制作する」という営みだと考えます。自らの企業の重要視するものは何か、それはなぜか、生々しく、深く、長期的視野による思索・議論・決定が社史編纂の過程で織りなされ、それは企業の存続理由とステークホルダーとの関係性に関わる極めて重要な活動です(制作する企業自身の制作スタンスにもよりますが)。

ぜひとも貴方と深く関わる企業の社史をご一読ください。それはその企業が情熱をもって歩んできた道のりと、それを編纂した人々の汗と涙の結晶です。社史は企業が発行するどの媒体よりも多様で、書き直しが重ねられ、想いが込められたものであり、長く遺っていく、実に興味深いものです。

一方で社史を発行する企業は、歴史に残る事業として、改めて自社の価値観を整理し、議論を重ね、屋台骨となる方針を共有したうえで、社史編纂に注力し、その社史に恥じない経営を心掛けることで、長期的な観点で、あるいは広い視野で、より社会に寄り添った意思決定をし、従業員やステークホルダーとそれを分かち合ってゆけるのではないでしょうか。

※1 『成果を生み出す社史の作り方』 浅田厚史著 SMBC経営懇話会

※2 『全国「老舗企業」調査』 東京商工リサーチhttp://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20161202_01.html

※3 『創業300年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』グロービス経営大学院著 東洋経済新報社

※4 『企業を活性化できる社史の作り方』出版文化社

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中畑 陽一(オルタナ総研フェロー)

静岡県立大学国際関係学部在学時、イギリス留学で地域性・日常性の重要性に気づき、卒業後地元の飛騨高山でタウン誌編集や地域活性化活動等に従事。その後、デジタルハリウッド大学院に通う傍らNPO法人BeGood Cafeやgreenz.jpなどの活動に関わり、資本主義経済の課題を認識。上場企業向け情報開示支援専門の宝印刷株式会社でIR及びCSRディレクターを務め関東・東海地方中心に約70の企業の情報開示支援を行う。その後、中京地区での企業の価値創造の記録としての社史編集業務を経て、現在は太平洋工業株式会社経営企画部にてサステナビリティ経営を推進。中部SDGs推進センター・シニアプロデューサー。

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