カルビー元社長提唱の「スマート・テロワール」とは

コーネル大学の農村社会学者のT・ライソン教授はその著書『シビック・アグリカルチャー』において、大規模化した農場の繁栄は市民社会にいい状況を提供しないと語り、大企業の活動への懐疑を露わにしている。その主張の基礎には、ウィーン生まれの経済学者カール・ポランニーの思想がある。

ポランニーは、市場経済は社会にある問題を解決することはなく、終局では戦争でかたをつけるしかない経済と断じ、めざすべきは産業革命以前の経済の形である共同体における「家政(自給自足)」と「互酬」であると主張した。

先進欧州の農村社会にはいまでも「共同体」の経済が力強く残っている。ワインやチーズなど地域のブランドが多く活躍し、地域住民と食品の生産者が価値の高い社会をつくっている。筆者個人の経験だが、数年前にイタリアのフィレンツェのある店でピエモンテの高級ワインの「バローロ」を注文したところ、返ってきた言葉が「なんでそんな不味いワインを飲むのか?」であった。

店の主人は、フィレンツェはトスカーナ地方の中核都市であり、沢山の銘醸があると強調した。イタリアのワインが「地元愛」に支えられて各地が張り合っていることが窺われた。それぞれの地元がテロワールを生かした製品作り行い、地消地産の経済を構築することこそ農村の健全なありかたではないだろうか。

このような成果や経験を取りこんで2014年に私は『スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換』(学芸出版社)という書物を上梓した。

『スマート・テロワール』の発表後、この本で述べた農村自給圏の実現に向けて研究会も立ち上げられた。その第一歩を踏み出したのが山形大学農学部を中心とした山形県庄内地域である。大学では2016年4月より、「食糧自給圏スマート・テロワール形成講座」が開設され、5年計画でモデル作りが始められている。農学部付属の農場ではジャガイモ、大豆、トウモロコシ、ソバの畑作輪作と、豚の肥育が開始された。畑作と畜産の耕畜連携を図り、収穫物は高品質なものを食用に、規格外品や加工残滓は豚の餌にして、豚の糞尿は肥料として活用し、豚肉は地元で加工して、地域内流通させることを目指している。

山形県につづき、長野県でも2017年からスマート・テロワール構築のための事業「地域食糧自給圏構築」の五カ年計画が開始された。私は「食の地消地産アドバイザー」として関わることになり、今年7月14日には、長野県農政部と私の主催で、小諸市の長野県野菜花き試験場佐久支場の見学会を開催し、農業者と加工事業者、地域振興局ら約50名が集まった。

このような取り組みは、かつて社会システムとして存在していた地消地産の再生をめざすものである。地消地産は19世紀の産業革命以降、グローバルな商社の躍進によって崩壊し、現代は「重商主義」全盛の時代になってしまった。20世紀は科学技術の大きな進歩と産業革命によって成立した分業体制と交易手段の発達で、どの産業も規模の大きさを競い市場経済を推進してきた時代であった。

戦後の日本では「市場経済」こそが民主主義の根幹をなすと考えられてきた。この考え方は、米国の対共産圏政策とも合致したこともあって、ほとんど無批判に受け入れられてきた。そのような中で、地消地産というと、「昔はよかった」的な懐古趣味と受けとられるかもしれない。

しかし、それは大きな誤解である。その逆に21世紀だからこそ地消地産が有効なのである。なぜならば、21世紀はサステナビリティ、つまり限られた資源を持続的に活用していくことがなによりも求められている時代だからである。先に述べたコーネル大学のT・ライソン教授のように市場経済が必ずしも人々の福祉につながらないと見ぬいていた人も少なからずいる。市場経済に替わる新しい仕組みが、いまこそ求められている時代はない。

今後は、供給過剰を背景にして多様性(ダイバーシティ)をベースにした産業が活力を持ち、生命科学の分野が発展していく時代である。供給過剰時代だからこそ、過剰となった圃場を新たな作物に転換する戦略が成り立つ。EUの共通農業政策でも、過剰になっている圃場が家畜の放牧にあてられ、それに基づいて肥育基準も改定されている。同様に、日本でも休耕田を飼料米の栽培にあてるのではなく、放牧地として家畜の肥育に活用することが、もっとも理にかなっている。

人はみな生態系の中で生かされている。その生態系を持続的に活用していくシステムが地消地産なのである。いまの時代に合った山や農地や海などの資源の生かし方を開発しながら、地消地産で需要を掘り起こす。その中で、農村は「サステナビリティ」と「ダイバーシティ」という時代の要請が交差する社会として美しく輝くことができる時を迎えているのではないだろうか。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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