もう一つの家族 (希代 準郎)

 乾杯でようやく歓迎パーティが始まり、エミが挨拶した。勤務先のIT企業は、障がいを持つ社員が大半だが月給10万円を実現していること、留学したスウェーデンは福祉先進国で自立した障がい者が胸を張って生きていることなどを熱心に語ると、
「私だって10万円もらっているわよ」とカフェで働くユカリが口をとがらせた。「お客さんはコーヒーを出すのが遅くても待ってくれるし、レジで間違えると教えてくれるんだ」。
 福祉作業所で安い給与で働くユキオが「僕は忘れ物が多いから稼ぎは悪いけど仲間と働けるだけで幸せ」とぼそっと言う。
 大企業勤務のタカシは「あのアインシュタインやエジソンもアスペルガーだったという説もあるよ」とみんなを驚かせたあと、「会社で、課の全員の社員番号と名前をすらすら暗唱してみせたら課長は目をパチクリさ」と笑わせる。
 パーティは盛り上がった。楽しかった。その時は翌日から吹き荒れることになるエミ旋風のことは誰も予想できなかった。エミがまず問題にしたのは掃除当番だった。障がい者がちゃんと掃除当番をこなしているのに松山と山下、綾子は時々さぼっていたのだ。
 次に、エミは冷蔵庫の使い方にかみついた。中を8等分して共同で使っていたが、まとめ買いをする松山や山下はどうしても他の人のスペースを侵しがちだった。健常者の帰宅が遅く、みなでいっしょに夕食をとる機会が少ないこともエミは舌鋒鋭く批判した。
「健常者と障がい者が家族のように暮らすというのがこのアパートのコンセプトでしょう。でも、実際には、健常者は障がい者に迷惑をかけているじゃないの」
 エミはズバリ核心を突いてきた。確かに、親が送ってきたお菓子や果物を配ってコミュンケーションをとろうとしていたのはユカリたちだった。

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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