【連載】オルタナティブな空間

天気の良いゴールデンウィーク。窓から外を眺めながら、コロナ後の世界を考えた。集中から分散へ。今のところリモートワークで何とかやれている。気がつけば、集中して効率性を求めるより、分散したまま調和を保とうとしている自分がいる。この環境で生み出された仕事が魅力的なら、おのずとこちらを選ぶだろう。近現代の集約型の働き方から、個々がゆるやかにつながる分散型の組織、働き方へ。日々、可能性を模索している。(東北芸術工科大学教授=馬場 正尊)

僕らの制作アトリエ/スタジオ「MakeA」で最近試作したテーブルとスツール。
自ら居場所をつくる逞しさを今こそ育てたい(撮影:MakeA)

安定性から機動性へ。国レベルのマクロ経済という一度止まった巨大な船から、多くの人が小さく機動性の高い船に乗り換えるだろう。大きなエンジンを皆で動かすより、小さなエンジンの船を無数に走らせる方が、結果的にエントロピーの総量は大きい。

新たな突破口は、小さな船だから見つけることができる。消費から生産へ。消費への興味は薄らいで、自ら何かをつくることに意識が向き、そこに時間と費用をかけるようになる。クールで高価なモノを持っていることがちょっと恥ずかしく、逆に少々ヨレていても、どれだけ長く愛着を持って使い続けたかに価値が移る。それを誰がつくったかというストーリーの方が大切になる。

グローバルからローカルへ。国同士の人の行き来の制限から自国主義が強くなり、日本国内ではおのずと地域主義が強まる。国に頼ることに見切りをつけ、地域経済の自律性を必死で探す自治体が相次ぎ、江戸時代の藩のように、地域ごとの特色が際立ってくる。国の号令でも進まなかった地方創生の動きは、ウイルスという見えない外圧によって実現に向かう。

賑わいから居心地へ。地方都市の理想の風景も変わってくる。今私たちは適度な距離を保つことで居心地の良さを体感している。街は必ずしも高密度に賑わっていなければならないわけでもない。パラパラと人がまばらで、でも各人が自由に漂っているような風景。

それが地方の必然性であることに、改めて気づく。無機物から有機物へ。理想の風景が変わり、都市を鉄とガラスとコンクリートで覆い尽くすより、私たちは再び緑を生い茂らせようとし始めるかもしれない。新型コロナウイルスは、過剰な都市化と自然とのアンバランスが生み出したのではないかと本能的に感じている。宮崎駿が予言した風景が現実のものになるのだろうか。

妄想はそこはかとなく続く。これは不安なのか、それとも希望なのか。

馬場 正尊(ばば・まさたか)
建築家。1968年佐賀県生まれ。94年早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂、早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、02年Open Aを設立。東北芸術工科大学教授。