国軍のクーデターで混迷を深めるミャンマーで逮捕、起訴されたフリージャーナリストの北角裕樹氏(45)が無事解放され帰国した。ミャンマーの現状、取材現場で感じたミャンマーの人たちの民主主義回復への思いなどについて聞いた。(聞き手・オルタナ論説委員=原田 勝広)

北角裕樹 氏

ゲリラ戦法のデモで抵抗

――国軍のクーデター後、大規模なデモが展開されていたが、弾圧で現状はどうなっているか。

銃撃などで死者が800人にも上りデモがしづらい状況になっているが、ミャンマーの人たちは決してあきらめていない。お互いに協力し合いながら早朝とか郊外とかで10分程度の短い時間、プラカードを掲げシュプレヒコールを上げるなどを繰り返す「ゲリラ戦法」で抵抗の意思を示している。

―ー振り返ってみて、国軍はなぜクーデターの挙に出たと思うか。

2020年11月の総選挙で改選議席の8割を与党国民民主連盟(NLD)に取られるなど惨敗したことで危機感を持ったのではないか。国軍は系列の企業をたくさん持ち経済的利権を有しているが、それだけではなく、官庁を含めた行政機関に軍人を派遣し牛耳っている。

高官の9割が軍人というところさえある。NLDを率いるスー・チー氏は「国軍は国防だけを担当すべき」という考え方だけに、国のかじ取りをするつもりの国軍は行政機構から追い出されるのではとあせったのだと思う。

ミン・アウン・フライン国軍総司令官の個人的判断も大きい。選挙で勝てば自分が大統領になれると期待していた。敗北したため、スー・チー氏の下につくことになり不満を強めていたともいわれる。

イスラム系少数民族ロヒンギャ虐殺問題が国際司法裁判所(ICJ)に提訴された際、スー・チー氏が口頭弁論で、一部軍人の非を認めるような発言をしたことで両者の間に感情的なシコリが残ったという説もある。

SNS情報を統制できず弾圧エスカレート

―ー武器を持たないデモ隊に銃を向けるなど国軍の弾圧は人道的に問題があると国際的な批判を浴びている。軍はなぜ、ここまで強硬な姿勢なのか。


クーデターそのものも無血だったし、混乱なしでの全権掌握を狙っていた。しかし、民主主義を享受した国民の「もう軍政に戻りたくない」という抵抗の強さは国軍にも想定外だった。デモの盛り上がりや弾圧の様子がSNSを通して世界中に拡散したことで情報が統制できなくなってしまった。軍は次第に手詰まりになり、弾圧がどんどんエスカレートする結果になったのだと思う。

兵隊個々人の問題もある。長時間勤務で食事も十分に与えられず、精神的に不安定的な兵士も目に付く。彼らはいろんなものを手当たり次第に破壊したり、金や食べ物を強奪したりしている。ヤンゴンは第77軽歩兵師団が担当していた。

マンダレーでは少数民族の村の焼き討ちなど凄惨な作戦を担ってきた悪名高い第33軽歩兵師団が配備された。幼少期に入隊し、社会から隔離された形でゆがんだ国防意識を刷り込まれている。街で破壊や残虐な行為を繰り返しているのはこうした兵士だ。軍の上層部はそれを放置しており、まさに恐怖による支配といえる。

軍の支配を終わらせたい

――これだけ厳しい状況にも関わらず、国民は抵抗を続けている。その思いは?

北角裕樹 氏

軍が権力を握った今、銃で撃たれ、不当に逮捕される日々が続いている。ミャンマー人にとってそれは恐怖そのものだ。

抵抗しているのは、まさにその軍の支配を終わらせたいから。自分のため、子どものためにも、こんなことは終わらせたいと戦っている。抵抗している人たちは、名前、連絡先だけでなく、血液型や献体の意思表示を書き入れたカードを持っている。万が一を覚悟しているのと同時に、そんな時にも誰かの役に立ちたいという思いがあるのだ。

―ー北角さんが取材現場で感じたことについて。

私自身、現場ではミャンマーの人に助けられた。写真を撮影している時など、取材してくれてありがとうと言いながら手作りの盾を持った人が守ってくれた。怪しい人が近づいてくると教えてくれる。とにかく住民同士のみんなの助け合いがすごい。

バリケードをみんなで一緒に築いたり、警察の摘発が始まると、盾を持った人たちが他の人を守って逃がし自分たちは最後に立ち去るのを何回も見た。

逮捕、起訴の容疑は事実ではない

――北角さんは4月18日に虚偽のニュースを流した容疑で再逮捕されたが、暴行などはなかったか。

暴力的な扱いはなかった。ただ、虚偽ニュースを流した事実はない。当局はありもしない容疑で逮捕したうえで証拠固めを目論むつもりだったと思う。しかし、パスワードがわからず記事や映像が入っているパソコンを開けることさえできなかったようだ。

起訴され裁判で起訴状が朗読されたが、虚偽報道の容疑にはまったく触れなかった。私が映像作家からビデオを購入し、そのお金がデモの資金に使われたという容疑が読み上げられたが、もちろん、そんな事実はまったく存在しない。

刑務所にミャンマーの知人が差し入れをしてくれ心強かった。着るものがなくて困っていたら政治犯がTシャツをプレゼントしてくれた。知り合いが不当に逮捕され、行方不明になった人もいるので、逮捕された後、どうなるか不安はあった。1年くらいの収監は覚悟した。多くの人のおかげで無事に解放され感謝の気持ちでいっぱいだ。

弾圧の中、ミャンマーの人たちは民主主義を求めている

―ージャーナリストとして今、伝えたいことは何か。

ミャンマーの人たちは、厳しい弾圧の中でも、民主主義を求めている。それに尽きる。弾圧が激しく、もうだめだと私自身も諦めかけたこともあるが、彼らはお互いに励まし合い、勇気を奮って戦い続けている。こうした悲痛な思いを是非、理解してほしい」

――日本や国際社会に期待することは。

カチン族との内戦が勃発し、国軍は不利な戦いを強いられているし、国家財政も厳しさを増している。国民も銀行のATMの前に列を作って現金を引き出し、ドルや金、宝石に換えている。どこかの時点で国家運営が破綻し、自壊が始まる可能性もある。ASEANが軍に対話を促しているが、国軍が耳を傾けそうなタイミングを見計らって国際社会は積極的に動いてほしい。ミャンマーは親日国で、ミャンマー人の日本への期待は大きい。

今のところ新規の政府開発援助(ODA)をストップしている程度で、失望の声も広がっている。戦後、両国関係は良好で、欧米が批判してきた軍事政権とも関係を維持し、ある意味、ミャンマーと欧米の架け橋のような役割を果たしてきた。それだけに日本が果たせる役割は小さくないはずだ。