社会企業家 ヒト・モノ・カネのつくり方(5号・第二特集)

ビジネスの手法で社会問題の解決に挑戦する「社会企業家」。環境保全、地域活性化、教育・子育て、国際貢献など様々な分 野で手詰まり感のある日本の現状は、裏を返せば社会企業家にとってまたとないチャンスである。社会企業の始め方、続け方のヒントをお届けしよう。

文●木村麻紀、ニューヨーク=加藤靖子 文中敬称略

「あれがなかったら(会社が)死んでいたのでありがたかった」―。日本最大級のQ&Aサイト「OK Wave(オーケーウェーブ)」を運営するオウケイウェイヴ(東京都渋谷区)社長の兼元謙任は、会社設立後間もなく訪れた資金繰りの危機を救ったある出来 事を、こう振り返る。

「大物」から出資を得る

1999年の会社設立後、わずか半年で現在の「オーケーウェーブ」の礎となるサイトを自ら完成させた。しかし、元手とした資金は既に底をついてい た。そんな時、サイバーエージェント社長の藤田晋が3000万円、楽天創業者の三木谷浩史が6000万円をそれぞれ出資してくれた。1億円にまで増資でき たことで、ようやく一息つけたという。

同社はその後、Q&AサイトやFAQ(いわゆる「よくある質問」)サイト作成の支援ツール販売などで業績を拡大。昨年6月に名古屋証券取引所の新 興市場「セントレックス」に上場した。

人々が持つ知恵や経験を自由に交換できる「助け合いの場」をつくろうと始めた事業。兼元は、2010年までに世界100カ国に同社のサービスを提供すると いうミッションを掲げる。「藤田さんも三木谷さんも、サイトを見て向こうから声をかけてくれた。やることをきちんとやっていれば光は当たる」。

兼元のように、創業後の早い段階で業界のキーパーソンや大口出資者に出会えるケースはそう多くない。ならば、どうすれば良いのか。

湘南・鎌倉地域に由来する環境と健康に配慮した食品や雑貨を集めた通販サイト「鎌倉ツリープ」。同サイトを運営するアロハス(神奈川県鎌倉市)代表の吉原 亘は、約2年前の創業時、たまたま目にした新聞に掲載された「若手起業家ファンド」の募集に挑戦した。

VCや市民バンクに応募

同ファンドを運営するPE&HR(東京都千代田区)は、「若手(20代から30代前半)」「女性」「創業期」という3つの切り口で投資対象 を決めている。昨年4月には、この3つに新たに「社会性」という切り口を加えた「Socialファンド」を設定した。これまで延べ30社 に 投 資 し 、 1 社 当 た り の 投 資 額 は 約 3000万円。いずれも、5年以内の株式公開の可能性を基準に選ぶ。

PE&HR代表取締役パートナーの山本亮二郎は、吉原への投資理由に触れて「事業そのものが魅力的。まじめで素朴な彼の人柄も、この事業に ぴったり」と評した。

「こういうヤツをサポートするために俺はやってきたんだ」―。ファンド運営・コンサルティングのウィルキャピタルマネジメント(東京都千代田区) ヴァイスプレジデントの影山知明は、投資先であるフィル・カンパニー(東京都渋谷区)を創業した松村方生と初めて会った時、改めてこう実感した。

同社は、コイン駐車場のオーナーに利用料を払って空中権を借り、駐車場の上に空中店舗を設営してテナントに貸し出している。松村は、都内に約3万あるコイ ン駐車場の上に空中店舗をつくれば土地を有効活用できること、空中店舗の屋上を緑化すれば都市のヒートアイランド現象を緩和できることを切々と訴えた。

影山に言わせれば、松村の話は「はっきり言ってこれだけ」。それでも、本気でこれをビジネスにしたいという思いが十分伝わってきた。「ビジネスモデルが魅 力的なのは大切だが、経営者の本気度のほうがもっと大切。共感を呼び起こせるかどうかで、社会企業家の成否は大きく分かれる」。

運用コンサルティング会社シブサワ・アンド・カンパニー代表取締役の渋澤健は04年、米国のヘッジファンドの運用益から生じる成功報酬の10%を用いて社 会企業家を支援する日本初の試み「シードキャップジャパン(社会起業家育成支援プログラム)」を始めた。これまでに、病児保育事業に取り組むフローレンス (東京都中央区)など4つのNPOに助成。ベンチャー投資とは異なるが、社会企業の分野へのユニークな資金の流し方だ。

社会性の高い事業への融資に特化した市民バンクから支援を受ける手もある。

自転車広告事業「アド・バイク」を手掛けるグリーンソース(埼玉県鳩ケ谷市)代表の北澤肯は、APバンク(東京都渋谷区)から200万円の融資を受 けて、後部に広告用の看板などを置けるドイツ製の自転車を購入した。北澤はかねてから、人もモノも運ばずに宣伝のためだけに排気ガスを出して走行するト ラック広告を苦々しく思っていた。元々自転車好きの北澤は、ピンと来た。「これを自転車でやったらどうか」。少しずつではあるが、企業広告やイベントPR の仕事が来ている。

APバンクは、ミスターチルドレンの桜井和寿らが出資して立ち上げた独立系の市民バンク。04年の開始以来の融資総額は、2億円を突破した。元銀行 マンでAPバンク理事の見山謙一郎は「例えば、環境に絡んだビジネスをやる動機を『地球温暖化問題が深刻だから』といった一般的な理由で説明する人より も、『なぜ自分がやるのか』を経験に基づいて自分の言葉で語れる人に投資したい」と話す。

民間企業の支援を生かす

民間企業が社会貢献の一環として取り組む社会企業家支援も見逃せない。

マイクロソフトは、NPO法人ソーシャル・イノベーション・ジャパン(SIJ、東京都港区)が毎年1回行う社会企業家表彰「ソーシャル・ビジネス・アワー ド」に昨年から協賛している。地域の人々によるつまもの(日本料理に添える紅葉など)販売で地域活性化に貢献したとして昨年受賞した株式会社いろどり(徳 島県上勝町)に対しては、自動受発注システムの構築を支援した。単なる協賛にとどまらず、社会企業家をIT面からサポートする姿勢を打ち出す。

一方、NECは日本の社会企業家育成のパイオニア的存在であるNPO法人ETIC.(エティック、東京都渋谷区)と共同で、毎年5人前後の社会企業家予備 軍を対象に「NEC社会起業塾」を開講。約半年の期間中、1人当たり最大50万円の支援金やノートパソコンなどを提供するとともに、経営アドバイスやメン タリングを行う。02年の開始以降、カンボジアで児童買春の被害に遭う子どもたちにパソコンの職業訓練を行うNPO法人「かものはしプロジェクト」代表理 事の村田早耶香ら20人余が巣立っていった。

エティックは02年、日本初の社会企業家ビジネスコンテスト「STYLE(スタイル)」を東京で開催。04年からは、日本各地で地域に根ざした社会 企業家を育てる「チャレンジ・コミュニティ創成プロジェクト」を運営するなど、主に初期段階の社会企業家を支援してきた。代表理事の宮城治男は「事業のビ ジョンや中核を一緒に作り、色々な人から応援してもらえる状況を作るお手伝いをするのがわれわれの役目」と説明する。

続々生まれる支援スキーム

そんな彼らもいよいよ、社会企業家への資金支援に乗り出す。

社会性の高い事業型NPOに投資する「ETIC. NPOファンド」(仮称)と、株式会社などによる社会企業に投資する「ETIC.社会起業家ファンド」(同)を立ち上げ、年内にも公募を始める。個人が出 し合った資金で社会企業家を支援する、米シアトル発のソーシャル・ベンチャー・パートナーズ・インターナショナル(SVPI)。アジア初の支部である SVP東京は、30代を中心に約40人のビジネスパーソンたち(パートナー)が出す年10万円の会費を元に、初期段階の社会企業家に年100万円を限度に 出資している。単に資金を出すだけでなく、パートナー自らが支援先の運営に何らかの形で携わるのがSVPの強み。これまでの支援先はNPOのみだが、代表 の井上英之は「今後は企業への支援も始めたい」と意気込む。

社会企業家コンサルタントで、 自らも盲ろう者のマッサージ師の企業派遣事業を営むフォレストプラクティス(東京都文京区)代表の田辺大は、社会企業家を支援する資金と支援を受ける側の 社会企業家との関係の現状を、こう形容する。「1枚の壁を隔てて、水がジャプジャプある状態と渇水状態とが同居している」―。求めれば資金調達の手段はそ れなりにあるにもかかわらず、社会企業家のほうがそれに気付いていないという。

社会企業家への支援をめぐる環境は、数年前に比べれば確実に変わっている。国も、来年度を目指して社会企業家支援に本格的に乗り出そうとしている。エ ティックの宮城は呼びかける。「あなたが本物なら、それを支える存在はある」。

ビジネスで世界を変える
社会企業家育成、米アショカ財団の今

社会企業家を支援する米国の財団「アショカ」。教育、福祉、環境保全などの分野で社会問題の解決に取り組む有望な社会企業家を世界中から探し出し、成長の ためのサポートと資金を提供してきた。社会企業家の有効性を早くから見抜き、先駆者として物心両面から支えてきたアショカはどのような組織で、世界にどの ような「変化」をもたらしてきたのか。(ニューヨーク=加藤靖子)

「社会企業の父」と呼ばれるアショカの設立者、ビル・ドレイトン。社会貢献を行う企業家を支援することこそ社会の変革につながると、かねてから構想 を温めてきたドレイトンは、社会企業家支援組織として80年にアショカを設立。当初は助成基金や助成財団にも無視され続け、ドレイトンはマッキンゼーで パートタイムで働きながら、アショカでも活動する苦労の日々を送った。しかし、84年にマッカーサー財団から資金を受けて信用を得たのをきっかけに注目が 集まり、しだいに支援が増え始めた。

アショカの支援対象者となる社会企業家たちは、「フェロー」と呼ばれる。選定基準は、アイデアの斬新さ、創造性、起業家としての素質、社会への影響、倫理 性の4つ。選抜されるには、教育の向上や地域開発、貧しい人々の生活改善を行える資質があるかを見極めるための厳しい選考を通過しなければならない。この 中から毎年150人前後選ばれるフェローたちには、事業が遂行できるよう3年間の経済的な支援を行う。 フェローたちに支給される金額は公表されていないが、生活に困らずに事業に没頭できるレベルは確保されているという。

アショカのフェローで最も世界的に知られる人と言えば、06年ノーベル平和賞受賞のムハマド・ユヌス(写真)だろう。世界の最 貧国の1つであるバングラデシュで、貧困層への無担保小口融資サービスを始めたグラミン銀行を創設。グラミン銀行のモデルは今や世界60カ国で行われ、借 り手の約半数が貧困から脱出したという。ユヌスは、アショカのフェローの模範となる社会企業家である「グローバルアカデミー」の一人だ。

04年にフェローとなった、ナイジェリアのルーシー・アウワルは、HIVに感染した女性を社会的にサポートする活動をしている。ナイジェリアでは、 HIVへの感染が分かると、差別を受けたり、妊娠中であっても病院から拒絶されたりする。フェローとなったアウワルは、エイズの発症を遅らせる抗レトロウ イルスの月々にかかる価格を、従来の約10分の1の水準にまで引き下げることに尽くした。彼女の組織「ホープ」に参加する女性と子供たちは9000人。今 では、ナイジェリアの枠を越え、アフリカのエイズと性感染症に関する国際会議でもホープは話題になっている。

アショカによると、フェローの活動が国の政策変更を促した例は70%余になるという。アショカが支援する社会企業家は現在、アジア、アフリカ、南北 アメリカ、ヨーロッパの約60カ国、約1800人に及ぶ。

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