■原田勝広の視点焦点
看護師は病院にいるものという常識を覆し、街に飛び出したコミュニティナースが地域の医療風景を変えつつあります。今回はその活躍ぶりを紹介します。

大都市の団地で高齢者コミュニティを支える

健康測定会で相談に乗る佐藤さん(左端)

3月20日、横浜市都筑区の川和団地集会所。健康測定会=写真=に高齢者が次々にやって来ます。コミュニティナースの佐藤智子さんはこの団地に住んでおり、3年前から公園などで多世代交流サロン、暮らしの保健室「だんちらんたん」を開催しています。健康測定会はこのサロンの主催で初めて行われたのですが、団地自治会、加賀原地域ケアプラザ、横浜市保健活動推進員も駆けつけました。

筋肉量、骨量、血管年齢までわかるとあって「私の年齢20歳だって、うれしい」と高齢女性から声があがると、周囲から「すごーい」と拍手がわくなど皆、楽しそうです。

コミュニティが弱い都会では行政主導で働きかけてもなかなか人が集まらないのですが、この日は団地コミュニティにしっかりベースを置いている「だんちらんたん」の協力もあり、1時間半の間に予定の倍の20人もの参加がありました。ケアプラザの保健師、榊山貴大さんも「地域住民と行政側とをつなぐという意味で佐藤さんの存在はありがたい」と満足そうです。

健康相談のコーナーに座った佐藤さんは「健康上のちょっとした心配事や暮らしの困りごとの相談に乗っている。53年前にできた古い団地なので、高齢者が多い。相談も血圧が高い悩みや筋肉量、骨量が落ちていることの心配が多かった。看護師としての専門知識と経験を生かしてアドバイスできた。ただ、病気や独居で、測定会に出て来られない人もおり、こういう人をどうサポートするかが課題」と強調します。

佐藤さんの本職は、訪問看護師。若い時は、東京の総合病院の外科混合病棟に勤務、ガン患者の看取りも多く、技術的にも精神的に苦しい職場でした。その後、介護を必要とする高齢者の自立を支援する介護老人保健施設や、急性期は脱したものの、寝たきりで点滴や吸引、尿カテーテルなどの医療措置を行う療養型病棟に勤務する中で、時々でも自宅に帰ると元気になる患者を目の当たりにして、「なるほど、やはり家がいいのだ。家族といると幸せになれるんだ」と実感したそうです。

そこで佐藤さんは看護師として、病気でも住み慣れた地域で家族と一緒にその人らしく生きる高齢者を支えるエンド・オブ・ライフケアに関心を強め、病を得ても生き方、死に方を選べる在宅ケアの訪問看護師を志すことになったわけです。

このころ看護師でケアーズ白十字訪問看護ステーション代表の秋山正子さんが、新宿の都営戸山ハイツの団地商店街に開いていた「暮らしの保健室」のことを知りました。また、コミュニティナース・カンパニー(島根県雲南市)代表の矢田明子さんが提唱していた、病気になる前から健康課題に取り組むコミュニティナースというコンセプトにも共感、川和団地で2019年にサロンを立ち上げるにいたるわけです。

厚労省が、団塊の世代が75歳以上になる2025年を目途に、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい人生を終える「地域包括ケアシステム」の整備を厚労省が進めていますが、うまく行くかどうか不安も多いのが実態です。

「私は、このシステムの中では、予防を重視しながら、住まいの部分を担いたい。今の活動は小さいが、団地の結束の固さを継承している。こうした動きが全国に広がるといいと思う」

看護師としての外からの目線ではなく、住民と同じ生活動線に立って、こう語る佐藤さんに地域から大きな期待が寄せられています。

ビニールハウスに「畑の保健室」

「畑の保健室」の星さん(左)

岩手県のほぼ中央、人口3万3000人の紫波町。田園のグリーンを背景にしたビニールハウスに「畑の保健室」=写真=という大きな看板がかかっています。ここの主は町の地域おこし協力隊として2年前に赴任したコミュニティナースの星真土香さん。

ひとり暮らしの高齢者や野菜作りの好きな人などいろんな人が気軽に顔を出しておしゃべりをしていきます。健康相談に乗ったり、コロナ禍の時は感染防止のアドバイスに力をいれました。

「手洗い、マスク、換気をという厚労省の情報発信だけでは足りない。マスクが外れないような正しい使い方が大事だし、消毒液も20秒しっかり擦り込まないと。やってるつもりはダメで、ちょっとしたアドバイスで効果が上がる」と星さん。

カフェや公民館での「暮らしの保健室」には障がい者や引きこもりなど居場所のない人たちもやってきます。イベントなどで打ち解けると、お腹が痛いとか、便秘が治らないといった健康相談につながります。

星さんは看護学校を出て岩手県内の病院に就職しましたが、病棟勤務治療優先で忙しすぎて病人に寄り添う暇もありません。亡くなった患者の家族が泣いていてもフォローもできずにナースコールで別のベッドへ急ぐ毎日でした。宮城県仙台市の病院に移った後、いったん勤めをやめ東北大学で研究の場に身を置きました。

居酒屋でアルバイトをした時、驚いたことに看護師の視点が生かされる機会が多くありました。健康診断の検査結果を持参して相談に来る客、低温火傷の深刻さに気が付かない女性、肝機能検査でγ-GTPの値が高いのを気にしている人。そんな人に専門的な知識が役立ちました。

この経験を通して病院だけではなく、もっと身近な生活の場で看護師の知識を生かせるのではないかと思い、在宅医療の訪問看護師として働いたのです。そして、家族や友人に囲まれ、住みやすい環境にいることが病気にいい作用を及ぼすことを知り、患者を家族や暮らしという広い視野から診ることの重要性を理解しました。

そんな折り、出合ったのが地域の中で専門性や知識を生かして活動し、心と身体の健康と安心、毎日のうれしいや楽しいを住民と一緒に作るコミュニティナースという存在です。

東北大学と紫波町が健康的なまちづくり推進協定を結んでいた縁で、故郷の岩手県奥州市に近い同町に地域おこし協力隊としてかかわることになりました。

畑の保健室は珍しがられて医師、看護師、検査技師、介護士、福祉士など医療・福祉関係者も顔を出します。

「病院は入院から退院までの短い看護だが、コミュニティナースは地域住民と長期的な関係づくりをし、その人の人生に伴走する仕事。それだけに、専門知識のある医療・福祉関係者と垣根を越えて協力したら、すばらしい活動ができる」

星さんの夢は広がります。

総合診療のコミュニティドクター

近藤敬太さん。愛知県にある藤田医科大学の連携地域医療学助教で総合診療プログラムの指導医です。近藤医師と「コミュニティナース」との出会いは、総合診療の勉強会にコミュニティナースカンパニー代表の矢田明子さんをゲストとして招いたのがきっかけです。

豊田市でコミュニティナースの会議を開く近藤さん(後列右端)

臓器別の専門性にとらわれず、疾患横断的に診療するのが総合診療医です。例えば、循環器(心臓)、呼吸器(肺)など臓器別に細かく掘り下げて専門化するのではなく、患者個人やその家族、地域という背景に着目しながら、病気だけではなく病人を横断的に、また、健康な方までもみるお医者さんです。

総合診療の地域志向型ケアでは、特定の地域、コミュニティが健康にどう影響を与えているかを分析し、地域別の介入方法を検討します。これが地域に飛び込んでいくコミュニティナースのコンセプトと重なるため、近藤さんは「コミュニティドクター」を自称しているのです。

現在、豊田地域医療センターに出向し、在宅患者を診療する在宅部門長の総合診療医として活動しています。2週間に一度、中山間地を訪れ、地域の健康サークルや居酒屋で地元の人と語り合っています。医療行為はせず、白衣を脱いで生活や暮らしの話に耳を傾けるのです。意外なことに日本には、病院に来ない、あるいは来られない人が一杯います。

そもそも病院へ行くのはハードルが高いのです。自身の病気を認知し、病院を探し、実際に医療機関にかかり、治そうという意欲もち、それだけの資金を持っている人、そういう人が病院に来るのです。その数はそれほど多くはありません。

ましてや大学病院となると少ない。日本が1000人の村だとすると大学病院に来る人はほんの一握り、1か月に10人くらいです。990人に接する機会がないわけです。990人のことがわからず、その家族、地域も見えません。それが実際に地域に足を運んでみると、保存食が多い農村では塩分を取り過ぎなど、いろんなことがわかります。

いま注目されている概念に健康の社会的要因(SDH=Social Determinants of Health)があります。健康は遺伝子や生活習慣など生物学的要因だけでなく社会的要因が関与しています。個人の所得から始まって家族状況、友人や知人とのつながりなど社会的なネットワーク、国の政策、職場、コミュニティでの関係性の豊かさなどをSDHといっています。格差社会の出現で、健康格差も深刻になっています。地域と前向きに関わっている人の方が健康で長生きということも分かってきました。総合診療が注目されるのも、そこに理由があるのです。

地域に入り込むのはなかなか大変です。近藤さんは「居酒屋などのキースポット、世話好きのおばちゃんなどコミュニティに精通しているキーパーソンを見つけることが大事。そうすることで情報が集まり、病院からの一方通行の治療ではなく、患者といっしょに患者中心の健康プランを作っていく総合診療が可能になる。OECD加盟国ではこういう総合診療が2-3割と多くなっている」と主張します。

総合診療は日本に不可欠の医療インフラになりつつあります。近藤さんは、豊田地域医療センターを真のコミュニティーホスピタルにしたいと張り切っています。

「このセンターには意欲にあふれた総合診療医療の若い医師が集結しており、病棟、外来、在宅の3種の医療をそろえ、さらに地域づくりに取り組んでいる。豊田市を日本一健康で幸せな街にしたいし、日本のあちこちにコミュニティーホスピタルが増えてほしいですね」

コミュニティナースカンパニーに就職する学生

コミュニティナースは学生の間でも注目を集めています。今春、筑波大学看護学類を卒業してコミュニティナースカンパニー(島根県雲南市)に就職する学生がいます。總山(ふさやま)萌さんです。岐阜県出身で自身が学校の保健室登校の常連だったことから、大学進学時は養護教諭を目指していたそうです。そのために教員免許も取得したのですが、学校の養護教諭だと相手は子どもだけだし、卒業すれば関係も切れてしまう。「街の保健師」になれば大人も含めもっと広くかかわれると思い直したといいます。

島根県で子どもイベントを企画した總山さん(前列右端)

大学ではコミュニティナースに関心のある看護学科などの大学生を集めてコミュニティナース・カレッジを運営しました。みんな看護師志望で社会貢献意識が強いのですが、忙しすぎる病院勤務については、それでいいのかと不安を抱えている学生が多いと感じたようです。

總山さんの場合、学生時代にコミュニティナースカンパニーで1年間インターンを経験した影響が大きく、地域の中に入り込み、おじちゃん、おばちゃんに「おせっかい」の心で接しながら一緒に健康づくりで貢献したいと考えたようです。

インターンでは「地域おせっかい会議」にかかわりました。毎月1回の会議で、街の人がこれをやりたいあれをしたいと提案すると、コミュニティナースが、応援してくれる人と一緒にそれを形にしていきます。夏休みにコロナ禍で水族館に行けない子どもたちのために紙製の魚をつくり、手作りの竿で釣るイベント=写真=を開いたりしました。

「コミュニティナースというのは専門職としての看護師というより、おせっかいの精神で地域の人に貢献したいという心のありよう、人間性だと思う。やり方は様々で、ある訪問看護師は地域の人にコロナ川柳を詠んでもらって、作品をラジオに投稿して笑いをとりながらコミュニティの中へ入っていっていく」と總山さん。

コミュニティナースはまだ日本ではなじみが薄いのですが、親や大学の友人から、頑張れと励まされているそうです。總山さん、みんなが応援していますよ。

(完)