3月27日の米アカデミー賞授賞式で、俳優ウィル・スミスさんがプレゼンターのコメディアンを壇上で平手打ちした騒ぎで、主催団体はスミスさんの会員資格停止を検討することを明らかにした。スミスさんの妻ジェイダさんの髪型を揶揄したことが発端だが、そのプレゼンターもアフリカ系人種と髪形の問題についての映画を製作しており、背景は複雑だ。(オルタナ副編集長=吉田広子)
脱毛症は、さまざまな原因で髪の毛が抜ける症状だ。人種や性別を問わずさまざまな要因で発症するが、多くのアフリカ系アメリカ人女性を悩ませている。自己免疫疾患による脱毛症に悩んできたジェイダさんは、2021年7月にスキンヘッドにし、SNSを通じて自身や脱毛症に関する情報発信を続けてきた。
アフリカ系アメリカ人女性であるアヤンナ・プレスリー米下院議員は2020年1月、米ニュースサイトで、脱毛症であることを公表した。2019年ころから髪の毛が急速に抜け始めたという。
米国皮膚科学会の調査(2016年)によると、アフリカ系アメリカ人女性の約半数が脱毛の経験があるという。同調査のなかで、皮膚科医のヨナルド・レジー博士らは、「遺伝的素因がアフリカ系アメリカ人女性の脱毛の主要な要因である可能性が高いが、ヘアスタイルが脱毛のリスクを高める可能性がある」と指摘する。
脱毛を専門とする皮膚科医のクリスタル・アグー博士も、ジョンズ・ホプキンス大学のウェブサイトで、「特にアフリカ系アメリカ人女性は、トラクション(牽引性)脱毛症と呼ばれるタイプの脱毛を起こしやすい傾向がある」と説明する。
「熱や(縮毛矯正剤などの)化学物質の影響、あるいはブレイズヘア(細かな三つ編み)、ドレッドヘア、エクステンション、ウェーブといった毛根を引っ張るヘアスタイルが脱毛の原因になる場合がある」(クリスタル博士)
一方で、伝統や文化的な理由、差別が起こりやすいといった社会的な背景もあって、アフリカ系アメリカ人女性のヘアスタイルはデリケートな問題だ。これは女性だけではなく、アフリカ系アメリカ人男性も同様だ。
アカデミー賞でプレゼンターを務め、スミスさんに平手打ちされたクリス・ロックさんは、こうしたアフリカ系アメリカ人女性が抱える髪の問題をテーマにした、ドキュメンタリー映画「グッド・ヘアー~アフロはどこに消えた?」(2009年)を製作していた。自身の幼い娘から、「どうして私の髪(アフロ)は良い髪(グッド・ヘアー) ではないの?」と聞かれたことがきっかけだった。
日本では未公開の作品だが、クリスさんは映画のなかで、脱毛症の女性や就職活動時のヘアスタイルに悩む学生、女優やヘアビジネスを行う経営者などにもインタビューをしている。
スミスさんの暴力は決して許されるものではないが、こうした背景を知っておくことも、差別の根絶に向けての重要なステップだと言えそうだ。スミスさんは映画「ドリームプラン」でアカデミー賞主演男優賞(2022年)を受賞したが、アカデミー賞を主催する団体は、4月18日にスミスさんの処分を決定する予定だという。